上海旅行二日目(1)。多倫路文化名人街から魯迅公園まで。上海の文化人に詳しくなれました
上海旅行の二日目は、虹口区から散策を始めます。
南北に走る大通り、宝山路であります。
朝から電動バイクと自転車が行き来しております。
この道を、北にずっと進めば目的の魯迅公園に行けるのですが、少し迂回していきます。
青果店の前には野菜のヘタ等が散らばっていて、生活感がありました。
店の人は野菜の下準備に余念がありません。
モルタル塗りの路地を歩いて、レトロ建築の並ぶ通りに入ります。
多倫路文化名人街という通りです。
昔、この界隈に小説家など文化人が多く住んでいたのですね。
そのことを記念して沿道の整備がなされているようです。
植木の合間に、銅像が座ってました。
政治家で文学者でもあった、郭沫若という人物でした。
寡聞にも私は初めて名を知りました。
郭は青年期に日本に留学し、医学を学びながら文芸に親しんでいます。
帰国後は国民党に参加して政治活動を行っていましたが、後には共産党に移ります。
その間にも史学の研究論文に文学作品と、史学文学の両分野で数多くの作品を残しました。
日本人の女性と結婚し、国民党と対立した際には日本の千葉県市川市に亡命するなど、日本と関わりの深い人物でした。
1920年代と1940年代に、虹口に住んでいたそうです。
こちらでは煉瓦造りの洋館の前に、談話に講じる三人の人影が。
この一番左の人の顔立ち、見たことありますね。
小説家、魯迅でした。
皆様も学校の国語の教科書等で、代表作の『阿Q正伝』『狂人日記』等、魯迅の作品を読まれたことがあるかと思います。
魯迅は上海に移住した晩年、この近所に居を構え、他の文化人たちと交流を持っていたんですね。
彼は1936年に亡くなった後、1956年になってこの先にあった虹口公園内に改装されています。
それより以降虹口公園の名称は魯迅公園と改められました。
別の書店の軒先にも銅像が立っていますね。
和装姿のこの人は、内山完造(うちやまかんぞう)です。
東京の神保町に内山書店という中国語書籍を扱う書店がありますが、内山完造はその創業者なのですね。
当初内山は内山書店の本店をこの近くに開業し、後に日本にも支店を開くに至ります。
虹口にあったこの内山書店本店は、魯迅たち上海在住の中国の文化人たちが集うサロンとなり、日本からも谷崎潤一郎を始め著名な文化人たちが訪れています。
日中の文化交流に貢献した人物でした。
魯迅とも深く交流を結んでいます。
女性の銅像もありました。
こちらも私が初めて聞く名前ですが、丁玲という作家でした。
社会活動に身を投じた、左派小説家だったといいます。
中国において国民党と共産党が内戦を行っていた時代、共産党の側で活動した人物でした。
作家になる以前、学生時代を上海で過ごしています。
一時期は共産党から除名処分を受けるなど、浮き沈みの激しい一生を生きた女性でした。
多倫路文化名人街を北に進めば、魯迅公園に行き着きます。
歩きます。
北側には趣きのある洋風の門が建っているのでした。
この先は四川北路という道で、これを進んだ先に魯迅公園の入口があります。
沿道の建築現場では、香港で見たのと同じく、足場に竹が使われていました。
何気なく見ていましたが、よく考えると竹ってそんなに丈夫なのか?と疑問が湧きました。
若干の不安はありますね。
魯迅公園に着いたようですな。
まだ朝早いのですが、中はかなり賑やかな様子です。
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