『手間のかかる長旅(009) 芝生の上で眠りたい誘惑』
さっきから時子(ときこ)は、眠くて仕方ないのだ。
川岸で水面を舐める野良犬を見逃し、一緒に歩いている町子(まちこ)の鼻歌を聞いている間に眠気が増してきていた。
彼女は昼食をとる前に、公園で半端にうたた寝をしている。
それがここへ来て、満腹なのと土手の上に降り注ぐ日差しが暖かいのとで、眠気がぶり返したものらしい。
うつらうつらしながら歩いている時子を、横から町子がのぞきのぞきしながらついてくる。
「時ちゃん眠そうね」
返事するのもなんだか億劫になってきて、頭の重みに任せてうなずいた。
「そんなに眠いの?」
またうなずいた。
町子は時子の腕に手を添える。
「大丈夫?」
反応を返さないといけないのが面倒である。
この人はわざと何度も話しかけるのだろうか、と邪推しそうになる。
「大丈夫」
何とか言葉を発したものの、本当は少し横になりたい気分だった。
町子は依然として時子の腕に手をかけたまま、のぞきこんでいる。
心配そうに見ているのだった。
「時ちゃん」
「何…」
「まさか、さっきの喫茶店で睡眠薬とか盛られてない?」
彼女の極端な発想に驚いて、少しだけ眠気が覚めた。
そうじゃなくてあなたの鼻歌のせいで眠くなったんだよ、と言いたかった。
「そんな変な眠さじゃないよ」
「そう?ならいいけど」
言いながら、町子は辺りを見回し、それから河川敷の方を見下ろした。
「時ちゃん」
「何なの」
「ちょっと休んでいきましょう」
時子が顔を上げると、町子は土手下を指差しているのだった。
土手のゆるやかな斜面が芝生で覆われているので、そこで休んでいこうということらしい。
「少しお昼寝しましょう」
何を言い出すのだ、と時子は思った。
確かに人目が気になるほど人通りが多いわけでもない土手だけれど、それにしても女二人、道のすぐ下にある斜面でお昼寝とは冒険が過ぎる。
「それは冒険が過ぎるんじゃない…?」
口答えしながら、ただそれも気持ちいいかも知れない、という気はしないでもなかった。
ぬくぬくした午後の日差しの下、乾いた芝生の上でまどろむのは悪くない娯楽かもしれない。
何より今、時子は眠いのだ。
「大丈夫よ」
どういう根拠で大丈夫と言うのかわからないが、町子が自信満々に言うと、それに甘えてしまいそうになるのが今の時子の弱さだった。
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