『手間のかかる長旅(024) 交差点の案内板を見に行く』
町子(まちこ)はスマートフォンの画面を見ながら歩いている。
FINEというサービスを利用しているらしい。
時子(ときこ)は横から町子のスマートフォンの画面を盗み見た。
画面にメッセージがいくつも並んでいる。
「チャットみたいなもの?」
「ちょっと、のぞかないでよ」
町子は見をよじった。
「気になるなら時ちゃんもやればいいのよ」
「ううん、私は大丈夫」
だいたい、時子の携帯電話は古い型なので、新しいサービスは利用できないのだ。
それに時子自身、メールと通話機能しか電話に求めていないタイプの人間だった。
「それで、美々子さんは何て?」
時子は話題を変えにかかった。
「うん、休憩時間で、これからご飯食べに出てくるらしいよ」
時子と町子の共通の友人、美々子(みみこ)はこの近くで働いていた。
「一緒に食べたいって」
「迎えに行く?」
「聞いてみるね」
町子は画面を指先で触る。
「ほら、こうやってね、一瞬でメッセージ送れるんだから」
時子に画面を見せびらかせてくる。
先ほどはのぞくな、と言っていたはずなのだが。
「美々ちゃん、迎えはいらないから、ご飯場所を決めて教えろって言ってるよ」
歩いて、近くの交差点に来た。
横断歩道の脇に周辺の案内版が立っている。
二人は案内板に近づいて、地図を確認した。
一体は整然と区画整理された都会である。
各区画に、オフィスと各種専門学校の入ったビルが多い。
他には、公園がいくつかあるのが目立つ。
あとは、屋内でなおかつ食堂がありそうなのは、警察署ぐらいだ。
「東区警察署があるね」
「だから警察署はいいって」
「じゃあ…」
町子は地図の上を指でたどった。
「…警察署しかなくない?」
町子の言う通り、地図上で見る限り、周辺にある公共施設は警察署しかない。
「なにこの界隈。実は治安悪いの?」
「施設、官庁街の方に集中してるんじゃないかな」
そう答えながら、時子はあまり気分がよくなかった。
このままでは警察署に行くはめになる、と思った。
「…仕方ないし、警察署にしようか」
町子は言った。
時子は批判的な目で町子を見る。
「でもさ、他にないじゃん。あれだったら市役所とかあるところまで歩く?」
歩くには遠い距離だ。
「じゃあバス乗る?」
弁当を食べるために、わざわざバスを使って移動するのも馬鹿馬鹿しい。
「警察署に行きましょう」
時子はかぶりを振った。
警察署の食堂でまったり食事をとる自分たちの姿など想像できない。
それに、例の土手で巡回中の警官とひと悶着起こしている。
下手をすれば、警察署で出くわすかもしれない。
「やっぱり警察は無理」
時子の言葉に、町子は口先をとがらせた。
「それじゃ他の公園探すしかないじゃん」
「うん」
「寒いの我慢して外で食べるの?」
「うん」
警察署で刑事、警官たちに囲まれて弁当を食べるよりはいい、と思う。
町子はため息をついた。
「じゃあ、とりあえず美々ちゃんに報告しとくよ」
「うん」
「どこか屋内で食べるって予定だって言っちゃったからさ…」
スマートフォンを操作する。
町子は状況を美々子に伝えたらしい。
それから一分も経たないうちに、通知音が鳴った。
「あっ」
町子が声をあげる。
「どうしたの」
「美々ちゃん、警察署に行きたい!って言ってる」
「なんで…」
時子の全身から力が抜けた。
「今日は屋外でご飯食べたくないし、警察署の食堂も気になるんだって」
町子は報告しながら、探るような表情で、時子の顔をのぞきこんだ。
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