『うどん泥棒への嫌がらせ』
今日は何もいいことがなかった。
うどんでもすすって、早めに寝よう。
そう思って家の冷蔵庫をのぞいたのだが、うどんがなかった。
今朝までは、確かにうどんが三玉、そこにあったのだ。
そんな馬鹿な、と思った。
私が買って入れておいたのである。
私が食べなければ、減ることもない。
おかしいな、と思いながらも空腹なので、軽くお茶漬けを食べてから寝た。
日常の隙を見て、私はうどんを新たに三玉、冷蔵庫に忍ばせた。
先日は不可解な消え方をしたうどん、食べ損ねている。
しばらくうどんを食べていないと、こちらも気持ちが飢えてくるのだ。
麺類に飢えている、というのではない。
うどんに飢えているのだ。
日中、外出した折、街中に雰囲気のいいうどん店を見つけた。
路上に漂ってくる、鰹節のいい香り。
しかし、と私は家の冷蔵庫に思いを馳せる。
うどんが三玉、そこで待っている。
家に帰ってからにしよう、と私は欲望を抑えた。
家に帰る。
「あっ」
冷蔵庫を開けた。
うどんが三玉…。
ない。
油揚げが三枚入っている。
油揚げを買ってきた覚えはない。
あるはずなのは、うどんだ。
本来、三玉、あった。
今朝までは。
私は具合が悪くなり、口元を押さえた。
再びうどんのお預けを食った、からだけではない。
まるでうどんと引き換えのように、買った覚えのない油揚げが入っていたのだ。
目の前のそれは、説明がつかない。
気持ちが悪い。
もしかしたら、うどんのことをばかり考えていたから…。
きつねうどんに使う油揚げを、無意識にうどんの代わりに買ってしまったのかもしれない。
そう、私は説明をつけようと試みる。
しかし無理がある。
うどんが食べたいのに、うどんを買わずに油揚げだけ買って来るなんて、どんな人間だ。
少なくとも、私はそんな無茶な人間ではない。
家で食べるうどんに期待して外食せずに帰ってきたので、空腹である。
しかし得体の知れない油揚げを食べるわけにはいかないので、やむなくお茶漬けを食べて寝た。
うどんを三玉、買った。
今度は証拠を残そうと思い、買い物から帰宅した後、冷蔵庫に入っているうどんの姿を写真に収めた。
確かにうどんを入れたのだ。
本当はその場でうどんを調理して食べてしまうのがよかった。
でも、そのときにはうどん欲が薄れていたのだ。
あまりに長く、お預けを食い続けた。
うどんに対してのあきらめのようなものが心に湧き始めていた。
ただ一方で意地を張って、うどんを食べなければならない、義務感にとらわれている。
人の冷蔵庫からうどんを抜き取っていく誰かに対しての、あてつけの意味合いもある。
もううどんにこだわりはないのだけれど、そういう素振りは見せず、うどんに執着するように見せかけて。
戦いに勝つまで、その誰かの関心をうちの冷蔵庫に引きつけておきたいのだ。
うどんを抜き取られた証拠を得よう、と思った。
「あっ」
冷蔵庫を開けている。
うどんが三玉、残っている。
内部からうどんでむちむちとふくらんだ、弾力のある袋。
それがちゃんと三玉分、行儀よく積み重なって。
なくなっているだろうとばかり思ったのに。
畜生、こちらの目論見を読みやがったな。
私は胸の内で毒づいた。
勢い込んで写真まで撮り、相手の悪事の証拠をつかもうとしたのが、裏目に出た。
なんて小賢しい奴だろう。
人がうどんを食べたいときに、その都度うどんを奪っておきながら。
うどんのあきらめがついた途端に、これだ。
私の表情は、自然険しくなる。
許せねえ。
相手に敗北感を与えなくては、気が済まない。
「あっ、うどんあるじゃん。三玉も。嬉しいな、ちょうど食べたかったんだよ」
私はとっさに、嬉しそうなつくり声をあげた。
棚から牡丹餅を受け取ったような声色を意識したのだ。
ガスレンジに行き、鍋に水を張り、火にかける。
沸いたら醤油とだしで味付けして、うどんを入れる。
とりあえず、一玉。
わずかなゆで時間の間に、冷蔵庫にとろろ昆布と鰹節粉を取りに行く。
…というふりをしながら、さも偶然を装って。
「あれっ、油揚げがある。自分では買った覚えもないけど、ちょうどいいな」
大きな声で驚いてみせた。
「素晴らしい!僥倖だ!油揚げがあれば、完璧だよ」
丼にうどんとだし汁を移す。
とろろ昆布と鰹節粉をまぶし、さらにその油揚げも一枚、乗せた。
「うわあ!これはうまいわ。もはや天使の食い物だわ。うどんも油揚げも最高!俺なんかがこんなうまいもの食っていいの?」
どこかで聞いているはずの誰かに向けて、聞こえよがしに言いながら。
私は旨そうにうどんをすすった。
せいぜい悔しがるがいい、と私は腹の中でせせら笑う。
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