『手間のかかる長旅(097) 本尊を鑑賞する』
如意輪寺の境内にいる、時子(ときこ)とアリス。
夕暮れどきの寒さの中で、二人はお寺の建物に入ることにした。
たとえ寒くても、もうさっさと帰ろう、という気は二人にはなかった。
先ほど、食品工場での面接で即日採用を告げられたばかりで、気持ちが高ぶっている。
このまま家に帰る気は、なかった。
二人で境内を突っ切って、本堂に来た。
本堂前にお香を焚く香炉があった。
煙は立っておらず、燃え尽きたお香の残滓と灰ばかりが香炉の内部に積もっている。
長い時間、この場所には参拝客が来ていないようだ。
それでも香炉の前に立つと、かすかにお香の香りが鼻先をくすぐった。
香炉の脇を抜けて、本堂の入口で二人は靴を脱いだ。
本堂の戸は、閉まっている。
時子の先に立ったアリスは、躊躇することなくその引き戸を開けた。
戸はがらがらと音を立てる。
アリスは、本堂の中に入り込んだ。
「大丈夫なの?」
時子は後ろから声をかけた。
迷いのないアリスの行動が、心配だ。
「問題ないにゃ」
アリスは何気なく言って、中へ。
時子も彼女の後を追った。
うす暗い本殿に入るなり、正面に、寺の本尊である仏像が二人を迎えていた。
時子には、それがどういう種類の仏像なのかわからない。
本尊は、蓮華の花の形をした台の上に座り、片膝を立てている。
六本もの腕を持った、ふくよかな体格の仏像である。
一本の手先で柔らかくその頬を支え、うつむき加減な物憂げな表情をしているのだった。
「なんだか、女の人みたいな仏さんだね」
仏像の存在感に圧倒されて、その場に突っ立ったまま、時子はささやいた。
同じように横に立っていたアリスが、時子の方を見た。
「そうか。女の人か、これ」
「ええと、私はよくわからないけれど」
時子は慌てた。
無知な自分がうかつなことを言って、外国から来ているアリスに間違った知識を与えてはいけない。
「いや、女の人じゃないかも。だって仏さんって、皆、男の人でしょ?」
「仏はブッダのことにゃ」
アリスは、時子の言葉にうなずいた。
「ブッダはね、インド人の王子にゃ」
王子なら、やはり女の人ではない。
時子は納得した。
「じゃあやっぱり、男の人ね」
「そうか」
アリスは首をかしげながら言った。
二人で立ったまま、本尊を眺めた。
うつむき加減の、物憂げな眼差し。
赤い唇。
細く、その柔らかさを想像させる六本の腕。
彼を目の前にして、時子は生々しい存在感を肌に感じる。
眺めながら、これは本当に仏像なのだろうか、と彼女は目を細めた。
【送料無料】仏像 伝如意輪観音 イSム Standard リアル仏像 インテリア フィギュア 約275mm 003025 価格:86,400円 |