三十三間堂から六波羅へ。京都市の旅(4)

六波羅蜜寺のすぐ先に、「六道の辻」と呼ばれる辻があります。

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このあたりが六道の辻なんですね。

六道というのは人間界、天上界、地獄などを含めた六つの世界を意味します。

この六波羅六道の辻の界隈はかつて、「鳥辺野(とりべの)」と呼ばれた葬送の地の入口にあたる場所でした。

京の都の東、鴨川向こうの郊外にある鳥辺野の地は、死者が葬られる場所だったのです。

現世である都とあの世である鳥辺野とを結ぶ場所が、六道の辻だったわけですね。

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その六道の辻に、こんなお店がありました。

名物の幽霊子育飴を売る、「みなとや幽霊子育飴本舗」です。

このお店には、幽霊にまつわる逸話があるのです。

 

慶長年間(西暦1596年から1614年)の頃のことだそうです。

ある女性が亡くなって埋葬された後、墓の中で赤ちゃんを生みました。

墓の中で生きている自分の赤ちゃんを育てるために、この母親が幽霊になって、毎晩飴を買いに来たといいます。

やがて赤ちゃんは発見され、近くのお寺、六道珍皇寺に預けられました。

成長して後、立派な僧侶になったということです。

 

上記のような逸話が伝わっている飴店なのですね。

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その幽霊が買い求めた子育飴を、私も買ってしまいました。

500円…。

京名物で由緒がある一品ですが、高くつきました。

ちなみに小サイズで300円のものもあったのですが、なんとなくこちらの大きな方が見栄えがよかったのです。

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家に持ち帰って食べたら、素朴で懐かしい、優しいお味でした。

今は固形の飴ですが、昔は水飴として売られていたそうです。

おそらく先の逸話の幽霊が赤ちゃんに食べさせていたのも、水飴だったのでしょうね。

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お店の向かいには、子育地蔵尊を祀る西福寺があります。

こちらにもお参りしました。

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幽霊子育飴をカバンにしまって、六道珍皇寺に向かいます。

緩い勾配を上ります。

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六道珍皇寺です。

現在は臨済宗建仁寺派のお寺で、近くにある宗派の本山、建仁寺の塔頭のひとつなのですね。

境内には、平安時代の貴族であり歌人でもあった小野篁(おののたかむら)卿が、冥府(あの世)に出入りする際の入口として使ったと伝わる「冥土通いの井戸」があるのです。

その井戸を目当てに、私もやってきたのですね。

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この木戸の向こうに縁側に面した中庭があって、その中庭の向こうに冥途通いの井戸があるんですね。

木戸の前に立って小窓からのぞいてみましたが、遠くの方にかろうじて小さく井戸が見えるぐらいの距離なので、なんだかわかりませんでした。

もやもやしました。

境内には他に、地獄まで音色を届かせると言われる鐘、小野篁の作と伝わる閻魔大王の木像があって、地獄趣味を満たせます。

面白い場所でした。

 

六道珍皇寺から出てくると、ちょうどお昼どきでした。

いつも京都観光に来る機会には、ラーメンを食べると決めているのです。

京都には美味しいラーメンの名店が多いですからね。

ただ、どうも鴨川の東側一帯にはラーメン店が少ないようなのです。

ラーメン店を見つけることができそうにないので、もう近くに手頃な飲食店があれば入ってしまおうと思います。

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六道珍皇寺前から坂を少し上ったところに、力餅食堂の店舗がありました。

力餅食堂は、大阪、京都などの街を歩いていると時々目にする、京都発祥の、昔ながらの食堂のブランドなのですね。

紺地に白抜きの、交差した杵のマークの暖簾が目印です。

私も大阪で何度か入ったことがあります。

各地の店舗はチェーン店ではなく、それぞれ本店から暖簾分けした独立したお店なんですね。

お品書きの違いなど、それぞれのお店ごとに特色があります。

お腹も空いていますし、このお店に入ってみましょう。

お品書きに並ぶ料理は多いですが、私はこれを頼みました。

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きつね丼です。

昔見たテレビの旅番組で、京都の太秦撮影所の役者さんが、撮影所近くの食堂できつね丼を食べているシーンがありまして。

それを見て以来、きつね丼は京都のご当地グルメなのだと私は思っています。

でも大阪の通天閣近くにある食堂にもきつね丼があったので、本当のところはどうなのかわかりませんが。

古くからやっているような食堂のお品書きにきつね丼があれば、つい頼んでしまいます。

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刻んだお揚げとネギとをごはんにまぶして甘辛いだしがかけてあるという、きつねうどんの丼版とでもいった料理なのですね。

680円でした。

ちょっと割高な気がしますね…観光地京都価格なのでしょう。

お味の方は、きつね丼としてはまあまあのお味でした。

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力餅食堂に来たら、これを頼まずにはいられません。

おはぎです。

あんこの内側にお餅が入っていて、甘くて美味でした。

 

松原通東大路通とが交差する「清水道」の交差点に出てきました。

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このまま写真の風景の奥へ、東に松原通を進んだ先には清水寺があります。

観光客も急に増えました。

今回は観光客で混み合う清水寺には向かわず、近くにある建仁寺にお参りしていこうと思うのです。

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鎌倉時代栄西(えいさい、ようさい)禅師により開山された建仁寺

禅宗である臨済宗の総本山にあたる寺院なのですね。

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広い境内であります。

日陰も多く、散策していて心が落ち着きます。

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禅宗の別の宗派である曹洞宗の開祖、道元(どうげん)禅師が修行した遺跡も境内にあります。

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栄西禅師の「茶碑」が立っています。

栄西禅師は時の鎌倉三代将軍源実朝(みなもとのさねとも)に『喫茶養生記』という自書を献上しています。

日本へのお茶の伝来の起源には諸説あって、その中には栄西禅師がお茶の習慣を伝えたという説があります。

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立派な本堂の建築でした。

境内には外国人の参拝客の方も多いです。

近隣に貸衣装のサービスをしている場所があるらしく、浴衣を着て散策する外国人観光客の姿もあって。

涼しげな風景でした。

私も境内をしばらく散策した後、帰路につきます。

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足早に史跡巡りするのもよし、落ち着いて鴨川が流れているのを眺めるのもよし。

京都旅の楽しみ方はいろいろです。

今回もよく歩いた、京都市の旅でした。

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台湾旅行三日目(1)。龍山寺とその周辺を散策。豆漿と油條の朝食

台湾旅行三日目の朝が来ました。

三泊四日の旅ですが、本日が観光できる実質最終日なのです。

思い残すところのないように台湾の空気を味わって帰ろうと思います。

 

まずは朝から、台北市は萬華區(Wàn huá qū)にあります寺院、龍山寺(Lóng shānsì)にお参りします。

龍山寺台北の観光スポットとして有名な場所です。

台北車站からMRT(地下鉄)に乗って、龍山寺站に来ました。

…と思ったら、龍山寺站の構内で迷ってしまいました。

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龍山寺站構内の封鎖箇所前に、神様が立って、こちらをうかがっています。

名も知らない、鳥頭の神様です。

微動だにしません。

現場には私の他にひと気も無いので、恐ろしくなって引き返しました。

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通路を歩く頭上にも別の神様が浮いていました。

龍山寺にたどり着く前から、道教の神々からの精査を受けているようです。

地上への出口を探り当てて、なんとか日の目を見ました。

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そうは言っても、今日も雨模様です。

空はどんよりと曇って、何か大雨が来そうな嫌な予感がします。

そんな予感を打ち払うように、龍山寺へ。

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清代の創建で、約280年の歴史を持つという龍山寺

お参りしましょう。

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その建築の美しさにも見るべきところの多い龍山寺

屋根の上で踊る龍の意匠が素晴らしいです。

さらに内部の廟へ。

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仏教観音菩薩をご本尊としながら、媽祖を始めとした道教の神々をも祀る、神仏混合のお寺です。

この雨模様で、観光客は少ないですね。

代わりに土地の人たちでしょうか、寺院内に大勢集まって、お経が書かれているらしい小冊子を手に唱和する人々の姿がありました。

台湾の庶民に根付く篤い信仰心を垣間見ました。

 

参拝を終えて、龍山寺周辺の街を散策します。

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薬草を扱うお店が多い通りを歩いているときに、大雨が降ってきました。

耐え切れず商店の軒下に足を止めて、雨宿りです。

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土砂降りです。

それにしてもこの界隈、立ち並ぶ建物はいずれも古くて、くすんだ色合いでした。

龍山寺は有名ですが、その周辺の街並はおよそ観光客受けしない雰囲気です。

雨のせいで、そんな印象が強まっているのかもしれませんが。

なんだか落ち着きます。

 

写真を撮っていいのか、迷うような雰囲気の通りを抜けたりしながら、散策を続けています。

建物の軒先に立って雨を避けながら、こちらに品定めするような視線を送ってくる、そんな女性たちがそこかしこにいました。

いずれの人も中年で、いやに露出度の高い派手な服装、そしてこってりと濃い化粧を顔に施しています。

日本の街ではあまり見ることのないタイプの人たちだな、と私は思いながら素通りしていきます。

龍山寺周辺の街に、妙な魅力を感じ始めています。

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朝の華西街観光夜市(Huá xī jiē guān guāng yè shì)です。

朝なので、夜市の店々は開いていません。

観光夜市とは言うけれどこの界隈、夜に観光客が来て大丈夫なところなのか、私は訝しく思いました。

日本の日常に慣れた観光客が、ここに来れば新鮮で刺激的な体験ができることは間違いありません。

ただそんな体験をして、安全でいられるのかどうかは私にはわかりません。

朝のうちに散策するぐらいが精一杯です。

 

街の西側を南北に通る、環河南路二段という大通りに出てきました。

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大通り沿いに娜魯湾原住民族商場(Nà lǔ wān yuán zhù mín zú shāng chǎng)というビルがあるのですが、閉まっていました。

台湾の先住民の方たちが民芸品等を販売する場所らしいので、見学したかったのですが。

時刻が早かったようです。

朝食もまだ済ませていませんし、次の目的地に向かう途中で食事していこうと思います。

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良さそうなお店を見つけたんですよ。

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達人豆漿大王(Dá rén dòu jiāng dà wáng)です。

豆漿って豆乳のことで、台北の朝食メニューとして一般的なんですね。

この機会に、このお店で私も台湾の朝食を食べてみたいと思います。

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商品をテイクアウトする人が多い地元客に混じってこちらを注文、その場でいただくことにしました。

豆漿が20元(約80円)、油條が15元(約60円)でした。

油條(Yóu tiáo)って香港旅の際にもお粥店で食べましたが、揚げたお麩なんですね。

この油條と豆漿を一緒にいただくのが朝食スタイルなんだそうです。

豆漿はほんのり甘い、美味しい豆乳です。

油條の方はかすかに塩味がついているぐらいです。

テーブルの上にソースが備え付けてあるので、それを油條にかけて食べればよかったのですね。

私はソースを使わないまま、油條をたいらげてしまいました。

それでもさくさく食感で、悪くないお味なのでした。

朝食として量は充分なのですが、若干塩分が物足りないまま、食事を終えてお店を後にしました。

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三十三間堂から六波羅へ。京都市の旅(3)

豊国神社、方広寺界隈から北に向けて、大和大路通は狭隘になっていきます。

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新しい住宅と昔ながらの町屋のようなお宅とが混在する住宅地ですな。

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東西に走る大通り、五条通に出くわしました。

東方面に行けば、浄土真宗の開祖、親鸞(しんらん)聖人の眠る大谷本廟

さらにその先には京都の観光地として筆頭に挙がる、かの清水寺が控えています。

しかし私の目的地、六波羅蜜寺はここから北にありますので、五条通を突っ切って大和大路を進み続けます。

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もはや大和「大路」と呼ぶのは無理があるような小道になって参りましたが。

悪くない雰囲気です。

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六波羅蜜寺と、その先には六道珍皇寺があります。

まずは六波羅蜜寺へ。

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六波羅蜜寺に着きました。

ここは平安時代中期に、醍醐(だいご)天皇の第二王子の生まれで僧であった空也(くうや)上人により開かれたお寺です。

現在の宗派は真言宗智山派ということです。

ちなみに今回の旅ではお参りしませんでしたが、智山派の本山である智積院は、三十三間堂のすぐ近くにあります。

ともあれ、六波羅蜜寺

市井の庶民に教えを広めてまわった空也上人の「念仏」の伝統を残すお寺です。

僧侶が、手にした鐘を叩いて念仏を唱えながら、練り歩くのです。

後の鎌倉時代に現れた時宗の開祖、一遍(いっぺん)上人の踊念仏に先駆けて、空也上人こそが踊念仏を始めた祖だという説もあるようですね。

いずれにしろ、空也上人も一遍上人も難しい狭義ではなくわかりやすい念仏を唱えるという形で、庶民に仏の教えを伝えた偉人だったと私は理解しています。

本堂にお参りをしました。

また今回お参りとは別に、目的があって来ているのです。

当寺には空也上人立像、平清盛坐像など、いずれも日本史の教科書に写真が載っているような、有名な重要文化財群が寺宝として所蔵されているのです。

また仏師運慶(うんけい)一族の菩提寺でもあるせいか、運慶作の地蔵菩薩坐像、運慶とその子湛慶(たんけい)の坐像もあります。

いずれも、参拝者が見学することができるのですね。

受付で宝物館の拝観料として600円を納めておきましょう。

本堂へのお参りの後、それらの寺宝を見学してきました。

歩きながら念仏を唱える姿として、口から6体の阿弥陀仏を発する空也上人立像の前に長らく立って、眺めてきました。

運慶の四男、康勝の作だそうです。

ありがたいお姿でした。

また先日の兵庫の旅、今回の京都の旅と平清盛公の足跡を味わってきている中で、穏やかな表情の清盛公の坐像を拝んで、感じ入るものもありました。 

あと、由来はわかりませんが安土桃山時代の武将であり大名、井伊直政(いいなおまさ)公の坐像もありました。

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境内にこのような石碑が立っています。

「此付近 平氏六波羅第 六波羅探題府」と銘が刻まれていますね。

平安時代後期、六波羅蜜寺の寺域内には平清盛一門の邸宅が立ち並び、平氏の本拠地となりました。

源平の合戦により平清盛一門が滅亡した後には、同地に鎌倉幕府により朝廷を監視する目的で六波羅探題が置かれます。

幕府執権である北条氏一門の出身者が六波羅探題職に任命されて、鎌倉から当地に赴任されたのですね。

この六波羅の地にも、各時代の強烈な記憶が積み重なっているようです。

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六波羅蜜寺、中世好きには大変感じるものの多いお寺でした。

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三十三間堂から六波羅へ。京都市の旅(2)

太閤塀に沿って三十三間堂の周囲を歩きましょう。

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住宅地の趣きですな。

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幕末に、坂本龍馬(さかもとりょうま)を始めとした土佐藩士の住居がこの界隈にあったんだそうです。

この界隈の地名は「大仏」と言って、安土桃山時代には方広寺の境内にあり、大仏様が立っていたのだとか。

後白河法皇豊臣秀吉坂本龍馬、といくつもの時代の偉人の痕跡が重なり合う土地ですな。

京都の街のこうした側面に惹かれます。

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三十三間堂の向かって東側は、かつて後白河法皇の暮らした住居、「南殿」のあった場所です。

日中はさらに北方にあった「北殿」という政庁で政務を執り、「院政」と後に呼ばれる独特な政治体制を主導された後白河院

朝晩には、この南殿一帯にて休まれたのですね。

南殿の跡地には、今は養源院と法住寺という二つのお寺、そして後白河院の御陵とがあります。

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血天井」が著名で、絵師俵屋宗達(たわらやそうたつ)の杉戸絵を所蔵している養源院。

浄土真宗遣迎院派のお寺です。

遣迎院派って、珍しい宗派ですね。

もともとは、豊臣秀吉の側室、淀(よど)君が亡父、浅井長政(あざいながまさ)の菩提を弔うために建立したお寺でした。

建立後間もなく焼失してしまうのですが、天下が豊臣家から徳川家のものとなって後、淀君の妹であり二代将軍徳川秀忠(とくがわひでただ)の正室であった崇源院(すうげんいん)の手で再建されたのですね。

浅井長政は、崇源院にとっても父にあたります。

養源院の天井には、かつて京都の伏見にあった城、伏見城の床板が使われています。

伏見城は、関ヶ原の合戦の際、徳川方が守る城でした。

石田三成(いしだみつなり)方の軍勢に攻められて落城することになりましたが、篭城していた徳川家の武将、鳥居元忠(とりいもとただ)以下の武将たちのものと伝わる血痕が、その床板に残っていたのですね。

その伏見城の床板が養源院の天井に使われ、「血天井」となって残っているというのです。

おぞましい逸話ですが、好奇心がわきますよね、実物を見てみたいですね。

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お寺は山門から奥まったところにあります。

見に行ってみたのですが、拝観受付に、拝観料の記載が無かったのですね。

500円ぐらいだったら血天井を拝むために納めるのもやぶさかではないのですが、もし3000円ぐらいだったら苦しみます。

受付の方に一度尋ねてしまうと引っ込みがつかなくなると思うので、用心深くて吝嗇な私は血天井を見ることなくお寺を後にしました。

帰宅後にネットで調べたところによると、養源院の拝観料、500円だそうで。

それぐらいだったら血天井、見ておいてもよかったかもしれない…と今さら思うのでした。

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お隣の法住寺にお参りしました。

後白河院が暮らした南殿の跡地にあって、院の御陵を守ってきたお寺です。

現在は院の御陵は「後白河天皇陵」として宮内庁の管理になっているのです。

せっかくですから、御陵にもお参りしたいものですが…。

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養源院と法住寺の間にある御陵の入口は、閉まっています。

なんと、土日祝日は開放していないのだそうです。

参拝は平日の午前9時から午後4時半までに限られるのだそうで。

宮内庁、観光客泣かせの厳しい方針ですね。

もっとも、休日に観光客が大勢来るようになると、管理上の問題が出てくる故なのかもしれません。

それにしても、御陵への参拝が制限されているなんて、こんなことは初めてです。

まあ、愚痴を言っていても仕方がありません。

平安時代末期の政治史において、大きな存在感を誇った後白河院

敷地の外からその御陵のある方を眺めて、感慨に耽りました。

 

次の目的地を目指しましょう。

行きたいのは、三十三間堂界隈から北にある六波羅蜜寺というお寺なのです。

この六波羅蜜寺も、平清盛に縁の深いお寺なのですよ。

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 大和大路通沿いに北に歩きます。

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京都国立博物館のレトロな門前を素通り。

敷地内でロダン作の彫刻「考える人」が考えているのが見えました。

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京都国立博物館の敷地に隣接して、豊国神社があります。

安土桃山時代の天下人、豊臣秀吉を神として祀った神社なのです。

お参りしておきましょう。

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なかなか雰囲気のある境内でした。

ちなみに、秀吉の墓所「豊国廟」は、この神社の東にある阿弥陀ヶ峰という山の頂上にあるということです。

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手水鉢には豊臣家の家紋、五七桐の紋が入っています。

日本国政府の紋章としてもお馴染みの紋ですね。

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立派な唐門ですね。

近隣にある南禅寺の塔頭、金地院から移築されたのですが、もともとは伏見城の遺構なのだそうです。

私も参拝しました。

 

豊国神社の隣に、方広寺があります。

豊国神社との間の境が曖昧なので、私は知らず知らずのうちに入っていました。

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表面に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」の銘文が徳川家の天下を冒涜するものとして批判を受け、大阪の陣で豊臣家が滅びるきっかけになった、有名な梵鐘があるお寺なのです。

もともとは大仏を祀るお寺で、秀吉が刀狩りを行って民衆から武具を没収したのも、名目上は方広寺の大仏の材料にするため、ということでした。

今はこの大仏も大仏殿も残っていませんが、境内の梵鐘が見学できます。

かつては三十三間堂の蓮華王院を取り込むほどの広大な寺域を誇った方広寺ですが、現在はこじんまりとした慎ましい広さの境内です。

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あの鐘のようですな。

見たところ、周囲に説明版等が無く、「無関係の鐘では?」と不安になりました。

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とても大きな梵鐘です。

その表面に、気になる箇所が。

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遠くてよく読めませんが、銘文の「国家安康」「君臣豊楽」の箇所を白塗りしてくれてあるようですね。

大胆なことをしますね。

でもおかげで、これが問題の梵鐘なのだとよくわかりました。

感慨深い思いで白塗り部分を眺めました。

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境内では瓢箪の実が育てられています。

たぶん、豊臣秀吉瓢箪を集めた形の「千成瓢箪」の意匠を馬印に用いていたことにちなんだものでしょう。

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たくさん成っていて、これも千成瓢箪ですね。

面白い眺めです。

これらの実を乾かして水入れにしたり、唐辛子粉入れにしたりできますね。

釣り下がる梵鐘を見たり瓢箪を見たりして、境内から出てきました。

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豊国神社と方広寺は地面から一段高くなった土台の上にあって、その周囲には巨石が石垣として積まれているんですね。

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やはり秀吉の手によるものでした。

かなりの数の巨石が惜しげもなく道の端に積まれているものですから、驚きました。

大阪城の石垣を築いたのと同じ方法でもって、日本各地から巨石を集めたのかもしれませんね。

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三十三間堂から六波羅へ。京都市の旅(1)

京都市内の観光がしたくなりまして。

前回、兵庫県神戸市を散策して、平清盛(たいらのきよもり)関連の史跡をたくさん見てきたんですね。

その流れで、京都市内にある清盛公の史跡も巡ってみたくなったのですよ。

京都観光に行きましょう。

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京阪電車京橋駅前にやって参りました。

ここは京橋というぐらいで、大阪から京都に向かう旅の出発地なんですね。

京阪電車に乗って京都に向かいます。

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もう京都市内の七条(しちじょう)駅に着いてしまいました。

京橋駅から京都市内の七条駅まで、ノンストップで行ける特急電車に乗れたんですね。

あっという間でした。 

週末は、こういう特急電車の運行本数がもっと増えてくれると嬉しいですね。

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地下にある七条駅のホームから地上に出てくると、七条橋の目の前です。

川沿いに柳の木も立っていて、京都京都した良い風情です。

いかにもな京都感。

私のような田舎者はすぐ雰囲気に呑まれてしまいます。

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鴨川が流れていますな。

涼しげで。

よろしゅおまんな。

七条橋を渡って西に向かえばJR京都駅方面です。

しかし今回の私はあくまでこちら側、鴨川以東の七条駅界隈を散策して参りますよ。

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七条駅前からこのまま七条通を東に進みましてね。

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和菓子店、飲食店が軒を並べる通りを歩いて歩いて。

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七条通が、南北に通る大和大路と交わります。

その交差点に今回の目的地、蓮華王院三十三間堂があるのです。

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平安時代末期、後白河(ごしらかわ)法皇の住居であり政庁であった法住寺殿の一角に、平清盛公が蓮華王院という寺院を寄進しました。

三十三間堂はその蓮華王院の本堂だった建物です。

建物が三十三の間を持つことから三十三間堂という通称で呼ばれるようになったのですね。

この三十三間堂の建物、横に長さが120メートルあるそうです。

そして内部には、1001体もの数の観音像が祀られているのです。

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こちらは三十三間堂ではなくて、拝観受付所です。

拝観料、600円を納めて中に入れてもらいましょう。

受付を抜けて、ロッカー完備の下足場から三十三間堂内に入ります。

 

残念ながら本堂内部は撮影禁止なので、中の様子は写真ではお伝えすることがかないません。

鎌倉時代の仏師、湛慶(たんけい)の手による観音様の巨像を中心にして、その左右にそれぞれ500体ずつ、十一面千手観音が祀られています。

三十三間堂内の端から端まで、どこまでも続く観音様の群れでした。

観音様たちとは別に、彼らを守る二十八部衆と呼ばれるインド由来の神々と、風神雷神の像の勇壮な姿も拝めました。

堂内の像、いずれも国宝だということです。

圧倒される眺めでした。

天上界が存在するとしたらこういう世界だろう、と昔の人たちが想像した風景を、権力と財力によってそのまま実現してしまったような。

そんな空間でした。

 

内部での圧倒的な体験の後、本堂の外に出てきました。

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お堂の長さが伝わる写真を撮りたいのです。

ぐるりをまわってみたいと思います。

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境内には池泉庭園もあります。

もともと、後白河法皇の法住寺殿は広大な敷地を誇っていました。

その総敷地のうち六分の一を占めた蓮華王院の敷地だけでも、現在の三十三間堂敷地の何倍もあったようです。

七条駅からここまで結構歩きましたけれど、もともとは七条駅のある鴨川ぎりぎりまで蓮華王院の境内が広がっていました。

その頃は、境内に五重の塔を始め様々な建物があったとか。

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お堂の正面にきました。

お堂の通路には床机がしつらえてあって、参拝客が思い思いに休めるようになっています。

お寺の心遣いを感じます。

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境内の一角には独特の塀で仕切られた場所があります。

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太閤塀と言って、安土桃山時代豊臣秀吉によって築かれた塀なんですね。

この三十三間堂の界隈に大仏殿方広寺という寺を建てるにあたって、その境内の南門として築かれたものだそうです。

秀吉はかつての権力者だった後白河法皇の蓮華王院を取り込んでしまう形で新しい広大な寺院、方広寺を創建してしまったんですね。

その意図はうかがいしれませんが、まあ趣きがあって、いい塀ですね。

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太閤塀の際から見る三十三間堂、長さがよくわかる眺めかと思います。

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お堂の西側では、江戸時代、「通し矢」の催しが盛んに行われました。

通し矢はお堂の軒下の南端から北端まで、矢を射って届かせる競技でした。

各藩に所属する弓術家たちが、藩の名を背負って熾烈な競争を繰り広げたのです。

縁側の柱や軒には、流れ矢による損傷を防ぐために、三代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)によって鉄板が備え付けられました。

由緒あるお寺で何を物騒なことをやっているんだ、と私は思いました。

ただ現在でも、お正月にはここで通し矢にちなんだ弓道の催しが行われているそうです。

殺生を戒める仏教と、殺生の技術の極みである弓術の取り合わせに、何か言葉にできない異様な感慨を覚えます。

三十三間堂の内と外、お堂の壁を隔てて聖と俗とが共存していたのですね。

などという感想を口にしながら、参拝を終えて三十三間堂を後にしました。

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京都三十三間堂通し矢列伝 弓道の心と歴史を紐解く

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『The Shining』Stephen King

言わずと知れたアメリカの人気作家、Stephen Kingの"IT"が再び映画化されると聞きまして。

YouTubeで映画の紹介動画を見ました。

怖くて面白そうで、ぞくぞくしますね。

以前に映像化された作品を見たことがありますが、やはり面白かったのです。

今回の映画化も楽しみですね。

 

ところで私、"IT"の原作小説をまだ読んだことがなかったのです。

この機会に読んでみようと思い、アマゾンで原書を注文しました。

ですが自分の中でKing気分が盛り上がり、"IT"が届くまで我慢できず、手持ちのこの本を読み始めてしまいました。

The Shining

The Shining

 

Stephen Kingのこれも人気作品、"The Shining"です。

Stanley Kubrick監督、Jack Nicholson主演で映画化された作品を見たことがある方も多いかもしれませんね。

 

こんな内容です。

自らの不祥事により、教員の職を失ったJack Torrance。

彼は友人の紹介によりかろうじて、山岳地帯にある歴史あるホテル"The Overlook"の冬季管理人の職を得ました。

幼い息子Dannyと妻Wendyと共に始まったOverlookでの生活。

しかし、次第にいわくのあるホテルの過去が明らかになります。

三人を襲う悪意。

Jackは不運なきっかけでのすれ違いから、妻子との関係を悪化させます。

深い雪に閉ざされた空間で、一度壊れたものを直すのは不可能でした。

幼い子Dannyは、"The Shinning"を最後の頼りに、助けを求めます。

 

失ったものへの後悔、失いつつあるものへの執着と絶望。

それらの感情に押しつぶされて正気を失う人も、踏みとどまって理性を保つ人もいます。

そんな人たちの心理を丹念に描写するKingの筆致に、読者は「自分はどちら側なのか?いつまで留まっていられるのか?」と自問自答することになります。

人によっては、この作品を読みながら過去の苦い記憶に襲われるかもしれません。

著者はおそらく自身の過去をモデルにしたのであろう登場人物たちを描きながら、「我々がどちら側にも成り得た」ことを思い出させようとしているようです。

読んでいて、狂気にとらわれた作中人物のことまでも愛おしく思われてくるのは、そのためなんですね。

他人のことが、自分から切り離された他人ではなく身近に思えてくる小説です。

優れた娯楽作品として最後まで読みきってしまいますが、読後は作中人物たちの思いを追体験したことで、必ず涙を誘われます。

この稀有な読書体験。

何度となく再読してしまう魅力があります。

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The Shining

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台湾旅行二日目(8)。金峰魯肉飯を味わった後の寧夏夜市散策、古早味豆花で珍珠奶茶

淡水を観光した後、夕食をいただいて、台北に帰ってきました。

しかしなんだかまだお腹が空いています。

夕食、控えめでしたからね。

台湾って小吃(Xiǎo chī)という軽食が盛んな国なので、小腹が空いたときに食べられるものは豊富なんです。

そういえば私、台湾に来てから代表的な小吃グルメ、魯肉飯(Lǔ ròu fàn)をまだ食べていません。

いい機会ですので、魯肉飯を食べに行ってしまいましょう。

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魯肉飯の名店、金峰魯肉飯(Jīn fēng lǔ ròu fàn)にやって参りました。

お店前の通路に、行列ができています。

人気店なのですね。

お店が混んでいる時間帯だと、相席も覚悟です。

私も現地のお客さんと、同じテーブルで相席になりました。

テーブル自体はそれなりに大きさがあるので、さほど窮屈な思いをせず食事を楽しめます。

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魯肉飯を頼みましたぞ。

大中小と量が選べて、私が頼んだのは小です。

30元(約120円)でした。

細かく刻んだ豚肉とタレがご飯にまぶしてあります。

甘いタレが豚肉にしっかり染み込んで、美味です。

添えられた瓜のお漬物の塩加減は薄め、さっぱりした食感が、脂っこい魯肉飯によく合っています。

お好みで、テーブル備え付けの八角粉を振りかけていただきましょう。

より台湾料理らしい風味が楽しめます。

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煮卵も頼みましたぞ。

15元(約60円)です。

魯鴨蛋(Lǔ yā dàn)というメニュー名でした。

ただ、期待したよりも薄味でした。

台鐵便當に入っていたもの、それに素食のお店で食べたものも薄味だったので、台湾の煮卵って薄味が基本なのかもしれないですね。

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旅の間の食事で不足しがちな青野菜もこの機会にいただいてしまいます。

空心菜(Kōng xīn cài)の炒めものです。

これも大中小と量が選べて、この小で20元(約80円)でした。

油をたっぷりと使い、ピーナッツと一緒に炒めた空心菜

中が空洞になっていて、しゃきしゃきした食感が癖になります。

しっかりした味付けで、とても美味しくいただきました。

 

金峰魯肉飯で美味しい夜食をいただいた後、夜の台北の街をしばらく散策することにしました。

せっかく台北に来たので、観光夜市なんかも見たいと思ったのですね。

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歩いていると、観光夜市の案内らしいネオンサインを目にしました。

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寧夏夜市(Níng xià yè shì)という夜市なんですね。

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この道路を進んだ先に、観光夜市があるのですな。

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結構なにぎわいのようです。

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道の両側に、食べ物を売る屋台が軒を並べているのですね。

その間を散策しながら、買ったものを食べ歩きしたり、テーブルと椅子を用意してある場所で座って食べたりできるわけです。

私も夜市の中を抜けてきました。

揚げものにスイーツにドリンク類等、美味しそうな小吃が売られているのですが、どれも若干、一般の店舗で売られているものより割高に思いました。

ただ活気があって、お店を見ながら歩くのは楽しいです。

混雑の中を行くので、所持品の盗難には気をつけましょう。

 

美味しそうな食べ物類に心を動かされながら、しかし結局食指が動かず、何も買わずに夜市を抜けてきました。

当然物足りない気持ちです。

そんなところに、夜市の向こう側の道沿いで、こんなお店を発見しました。

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古早味豆花(Gǔ zǎo wèi dòu huā)という、豆花というスイーツと、ドリンク等を売るお店なんですね。

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夜市で各種スイーツ類を見てきて、甘いものが欲しくなっていた私。

見れば、ここのドリンク類は夜市のそれに比べると割安な様子。

また前を通りかかったとき、店頭に並んでいた日本人客が、「『孤独のグルメ』で出てきたお店らしい」と話しているのが聞こえたんですね。

孤独のグルメ』と言えば漫画本原作の、人気のあるテレビドラマですな。

このお店が登場してたんですね。

私も少なからずミーハー気質なので、そういう話を立ち聞いて、これはいい機会だから味わっておこう、と思ったのです。

喉が渇いていたので、お店の名物の豆花ではなくタピオカドリンクをテイクアウトすることにしました。

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持ち歩きやすい、小ぶりな袋に入れてもらえます。

珍珠奶茶(Zhēn zhū nǎi chá)というメニュー名で、わずか40元(約160円)であります。

お手頃価格でした。

珍珠奶茶って、「真珠のミルクティー」ぐらいの意味だと思います。

雅な名前ですね。

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タピオカたっぷり、タピオカドリンク。

珍珠奶茶。

底に球状のタピオカが沈むその見た目から、「バブルティー」なんていう別名でも呼ばれますね。

歩きながら飲んでしまいましょう。

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寧夏夜市の脇を通りながら、タピオカドリンクをいただきました。

太めのストローで、時々タピオカの弾力のある柔らかな実を吸い込むように、ミルクティーを飲みます。

面白い飲み物ですね。

ミルクティーの甘さとタピオカのもちもち食感に、歩きずくめの疲れも癒されました。

最近は日本の繁華街でもタピオカドリンクを売るお店が増えてきましたけれど、本場では美味しいものがお手頃価格で楽しめるので、嬉しいですね。

 

台湾の夜を満喫して、宿に戻りました。

明日は台湾で観光ができる最後の日なので、今夜はよく休息を取っておこうと思います。

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宿で同宿の人たちと談笑しながら、美味しい晩酌を楽しみました。

台湾啤酒は、やっぱり甘い味のが特に美味しい、という気持ちを確かにしました。

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