2019年夏東京八王子旅行二日目(1)。八王子駅から高尾山口駅へ。高尾山登山を決行、登山口まで

八王子旅二日目の朝であります。

今日は午前中から高尾山に登る予定だったので、早くに起きています。

昨日の朝に八王子城跡の本丸で右膝を痛めて、ずっと後を引いているんですね。

高尾山で遭難することはないと思うので予定通り決行しますけれど、今から不安です。

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八王子駅南口のシンボル、サザンスカイタワー八王子がそびえています。

眺めながら駅構内に向かう朝6時30分。

都内の名山として名高い高尾山なら、週末は都内始め首都圏各地と世界中からの観光客も多く来るだろう、と踏んだのです。

早い時間なら人も少なくてスムーズな登山ができると思いました。

以前に、週末に高尾山登山した知人から「死ぬ程混んでたから朝早くに登りや」と助言されたのも大きいです。

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高尾駅行きの電車が来ましたね。

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10分足らずで高尾駅に到着しました。

朝7時前でも結構乗客がいますね。

さすがに辺境であっても東京は東京です。

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高尾山の最寄りの京王高尾線高尾山口駅に行くために、京王線のホームに行かないといけないのですが、この構内の移動が結構こたえました。

階段の昇り降りで膝に痛みが走ります。

登山前にこれはまずいんじゃないのか、と思いつつの移動です。

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京王高尾線の電車です。

登山客の人の姿がちらほら見えます。

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高尾駅から乗ってひと駅、高尾山口駅にやって参りました。

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膝痛くて登山が不安、でも有名な高尾山にとうとう来たと思うと、気分は浮かれてきます。

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次に来る電車に乗れば、京王線で昨日寄った聖蹟桜ヶ丘駅調布駅を経由して新宿駅まで行けるのですね。

旅の最終日は新宿から高速バスで大阪に帰るので、その前にまた少し新宿周辺の観光をしようと思っています。

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この高尾山口駅前ののどかな風景と大都会新宿の風景とが一時間と少しの時間的距離で繋がっているかと思うと、不思議な気持ちがします。

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高尾山口駅の駅舎です。

大きくて文化施設のようなモダンなデザインでした。

素敵ですね。

こういう駅がすぐ近くにある高尾山、登山客で賑わうのも無理はないです。

大阪で同じような位置づけにある金剛山の方は、大阪市の中心地からは便利が悪いところにありまして。

大阪市内から電車を乗り継いで南海高野線河内長野駅かもしくは近鉄富田林駅といった南大阪の駅まで出向いて、そこからさらに路線バスに乗って奈良県との県境にある千早赤阪村まで行くのです。

アクセスの良さで高尾山と金剛山とは段違いです。

ただそうであっても、金剛山は登る価値ある名山であることは確か、と大阪府民の立場から主張しておきますね。

高尾山のことも、「うちの地元の金剛山と同じく都会の近郊にある名山」という観点から、比較対象として興味を持ったわけでもあります。

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駅前に掲示されている、ハイキングコース案内図です。

お手洗い等の各施設の場所が明示されていて、重宝します。

こういう現地の地図類をスマホで取っておくと、後々役に立ちましょう。

昨日高尾駅前のコンビニで購入した雨合羽をここで着込んで、高尾山に向かいます。

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駅から真っ直ぐ歩いて甲州街道に出た「高尾山口駅前」交差点の正面に、いきなりラブホテルでした。

こんな駅のまん前にあると、徒歩では目立って入りにくいと思いますが。

登山帰りにシャワー浴びるついでに休憩しよう、ってカップル需要でもあるのでしょうか。

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甲州街道を南に少し歩いて、「高尾山入口」の交差点です。

ここから表参道を通って高尾山の登山口に行けます。

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表参道沿いには「高尾山商店会」として、お店が並びます。

懐石料理店、和菓子店、むぎとろ料理店。

雰囲気のあるお店ばかりでいいですね。

大阪の金剛山の方は最寄りのバス停を降りたら商店が少しあるだけですぐ山!なので。

高尾山の整った表参道がうらやましくあります。

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うらやましがってても仕方ないですからね。

登っていきましょうか。

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リフト乗り場もありまして、足痛いのでリフトに乗ってしまおうか余程悩んだのですがね。

わざわざ大阪から高尾山まで登山しに来たので、リフトに乗ってしまうともう何だかわからない、と思いまして。

できる限り歩いて登ろう、といよいよ決めました。

きっと登山決行の判断としては間違っております。

皆様は傷病のある場合は無理をせず、安定した体調のもとで登山をお楽しみください。

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登山口ですね。

可能な限りのスローペースで登っていこうと思います。

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2019年夏東京八王子旅行一日目(10)。炭酸飲料あれこれ。深大寺お参り。八王子の名店、壱発ラーメン

布多天神社から、北の深大寺方面に向かって歩きます。

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「調布ヶ丘2丁目」の交差点です。

突き当たりの「東京都心臓協会クリニック」の建物が目印です。

この辺りは落ち着いた住宅地ですね。

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布多公園があります。

中で休憩していきましょう。

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緑が多くて、なんだか思ったよりも広い公園でした。

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こういう住宅地の中の公園に自販機があるのは珍しいんじゃないか、と思います。

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コカ・コーラエナジー!新商品は東京先行販売だ!大阪には売ってないぞ」と興奮したわけです。

でも勘違いで、大阪でも私が知らないうちに販売されてたみたいです。

主要都市で同時発売してたみたいですね。

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ドクターペッパーが流通しているのは主に首都圏、静岡県沖縄県だけなんだそうです。

東京でコカコーラの自販機を見ると入っているので、嬉しくなりますね。

大阪でも扱っている量販店があって、私はそういう店で買って飲んでいます。

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アクエリアスクエン酸スパークリング。

これも初めて見ました。

まあ私はグレープフルーツ味はあまり好きではないので、パスしてしまいましょう。

100円なのは気になりますけれども。

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このデザイン、素晴らしいですね。

190mlの小サイズで140円。

カフェイン多めで、ガラナエキス、ビタミンB等が入っています。

ガラナって元気が出そうですね。

昔、北海道でガラナ飲料を飲んだ記憶があります。

昔からその類の飲料が好きでした。

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缶上部、プルタブまで全部赤色!

このカラリングのこだわりはいいですね。

好きです。

美味しくいただきました。

確かに、元気になったような気がします。

まだまだ歩けます。

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住宅地の中を歩いていきます。

調布ヶ丘の住宅地ですね。

調布は緑も多くて、暮らしやすい環境かもしれません。

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小田急バスの「八雲台」のバス停前まで来ました。

ここから吉祥寺駅行き、深大寺行き、杏林大学病院行き、そして三鷹駅行きのバスに乗れるようです。

どちらも甲乙付け難いですね。

とりあえずは深大寺まで歩いていきましょう。

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この川は「野川」です。

緩やかな流れです。

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鴨の上陸作戦が人知れず始まっていました。

見なかったことにします。

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川べりに降りていけるようになっているんですね。

今は宅地開発されている界隈ですけれども、緑も多いし、川も流れていて、水木しげる先生が妖怪漫画を執筆されていた時代には創作意欲を刺激される風景がこの辺りに広がっていたかもしれませんね。

鬼太郎作品の中には深大寺が時々登場しますし、水木先生もこの辺りまで散歩に来られていただろうと想像します。

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あの遠くに見える緑の盛り上がりが深大寺界隈っぽいです。

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中央自動車道の高架下をくぐって…。

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深大寺小前」の交差点です。

ちなみに、この手前から正面に続く南北の道は「三鷹通り」だそうです。

北にずっと行けば、三鷹まで行けるんですね。

三鷹は昔、井の頭公園に行った帰りに三鷹駅前をちょっと歩いたことがあるような…うろ覚えです。

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交差点を左手、西に曲がれば深大寺東参道の入口でした。

この西に深大寺があるわけですね。

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深大寺の境内に入る前に、その南向かいにあるこの「神代植物公園水生植物園」に入ろうと思いました。

と言うのも、この水生植物園の公園敷地内に、深大寺城跡ってお城の遺構が残っているそうなんです。

この深大寺城は、小田原北条氏の城ではなく、その敵方の扇谷上杉氏の城でした。

上杉朝定(うえすぎともさだ)が、北条氏康(ほうじょううじやす)の北上を阻止するために築いたものです。

八王子城滝山城と来て、深大寺城。

一日で、三件廻るお城跡。

せっかく関東、東京に来たら、現地のお城跡をできるだけ訪ねておきたいのです。

次にいつ来れるかわかりませんからね…。

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しかし門限が厳しいのでした。

現在、午後4時20分になっています。

退場を促す、郷愁を誘う音楽が流れています。

水生植物園内にはアシ原、そば畑、はなしょうぶ園なんかがあって、見どころ多そうなんですね。

そして深大寺城跡は、公園の入口から遠い南側の一番奥まったところにあるらしいです。

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あの右手の森の中にかつての深大寺城の遺構があるのでしょう。

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わずか数分で走っていって見学してくるのは無理だな、と判断しました。

膝を痛めて、歩くのも遅いです。

目前まで迫ってはいますが、深大寺城跡探訪は今回は断念しました。

またいつか、時間に余裕を持って来ましょう。

 

というわけで、深大寺に参詣します。

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深大寺というと、お蕎麦で著名なんですね。

先の水生植物園内でもお蕎麦を育てていました。

深大寺境内にもお蕎麦の食べられる店が多く並んでいます。

ちょっとお品書き等確認したのですが、どこのお店もお値段そこそこしました。

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毎年夏場には恒例の鬼燈(ほおずき)祭りが境内で行われるみたいです。

2020年の開催はどうなるのか、気になりますね。

無事に開催されることを願います。

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本堂にお参りしました。

深大寺は今は天台宗のお寺ですが、天平5年(西暦733年)の建立の頃には、密教の水神を祀る信仰の場であったようです。

今も面影がありますが、周辺は緑が豊かで川が流れていて、水神を信仰するには自然な環境だったのでしょう。

そう言えば、昔読んだ水木しげるの漫画に、「水神さま」が出てくる作品がありました。

御大のネタ元をつかんだ気持ちになりました。

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水の豊かな環境に生息する、国蝶のオオムラサキ

境内で育てられているのですが、飼育小屋の外に出てきてしまっています。

これでよかったんですかね。

見て見ないふりをしましょう。

それにしても美しい羽根の紋様です。

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鬼太郎茶屋もありますね。

鳥取の境港にまったく同じ名前の店があったと記憶します。

鬼太郎グッズが豊富です。

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鬼太郎カーまで停まっています。

鳥取ナンバーでした。

もしかしたらここの鬼太郎茶屋と境港の鬼太郎茶屋とで経営者の人が同じで、この鬼太郎カーに乗って深大寺と境港とを行ったり来たりしてるのかしら…などと妄想しました。

えらい距離ですな。

(追記:境港の鬼太郎茶屋と深大寺の鬼太郎茶屋とで特に関連は無いみたいです。)

 

深大寺境内のお蕎麦店で少し早めの夕食をいただこうかな、と迷ったのですがどのお店もちょっとお高めなので。

深大寺名物は今回は見送って、予定通り八王子に戻って夕食をいただくことにしました。

路線バスと京王線の電車を乗り継いで。

深大寺から一時間ほどで戻ってきました。

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馴染みの八王子駅南口であります。

ここから少し歩きます。

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「壱発ラーメン本店」に来ました。

深大寺名物がお蕎麦なら、八王子名物は中華そば。

別名、八王子ラーメン

この壱発ラーメンは八王子でも特に有名なお店のひとつです。

私の来店時も、お店の外に行列ができていました。

とりあえず食券を買って、外で待ちます。

店内は狭く、自分の頼んだものが出来たら自分でカウンターに取りに行くセルフ方式です。

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来ました。

名物のネギトロチャーシューメン。

1100円です。

このメニューを頼むと、カウンターで受け取る際に従業員の方が「チャーシューの花が咲きました~」ってなんだかよくわからない囃し言葉をかけてくれるんですね。

お店それぞれ、変わった伝統があります。

大量の山芋がトッピングされているせいか、スープはちょっとぬるめ。

スープは塩分きつめの豚骨醤油です。

しゃきしゃき食感の白髭ネギがたっぷり。

これ、いいですね。

チャーシューもたっぷり入って、もうチャーシューが何だか忘れてしまうぐらい食べられます。

スープを飲み干すと食器返却時に特別な囃し言葉をもらえるそうなのですが、私はスープを残してしまいその文句を聞くことがかないませんでした。

もうおなか一杯でした。

機会があれば再チャレンジです。

 

ところで、八王子名物の八王子ラーメンの定義として、「スープは醤油ベース、かつ刻みタマネギを具材として使用している」という条件があるそうです。

この壱発ラーメンのスープは豚骨醤油、そして具材も刻みタマネギではなく白髭ネギなので、もしかしたら、厳密には八王子ラーメンには当てはまらないのかもしれません。

とすると、八王子に来た観光客が「まずは『八王子ラーメン』を食べたい」という場合には適さないお店なのかな…と迷うところはあります。

ただ八王子の有名ラーメン店には間違いないですし、メニュー含めて面白いお店なので、できることなら訪ねておきたい名店ですね。

東京都福生市、神奈川県相模原市にも支店があります。

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2019年夏東京八王子旅行一日目(9)。ここも聖地、調布。布多天神社。調布は調布の発祥地

耳をすませば』の聖地、聖蹟桜ヶ丘駅を後にしました。

聖地探訪はやはり、胸が躍ります。

私は調子付きました。

京王線で都心方面に向かえば、沿線には聖地がいくつもあるではないか、と気付いたわけです。

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広々とした駅前広場に降りて参りました。

京王線調布駅南口であります。

人生初の調布!

調布と言えば故・水木しげる先生が在住していたことで著名かと思うのですね。

先生の妖怪漫画の舞台はおそらく調布市内とその郊外の山林…と想像します。

例によって下調べも何もしていませんが、何とかなるでしょう。

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調布駅は駅ビルも大きいし、出入りする人の数もかなり多いです。

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広場に観光案内所「ぬくもりステーション」が設けてあります。

ここで水木しげる関連の観光マップをいただきました。

生前の水木先生がよく通っていた商店街「天神通り」は調布駅の北にあるということなので、いったん駅北に迂回します。

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駅北側すぐのところにある飲み屋街、「調布百店街」でした。

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お盆の時期で、綺麗に飾られていていい感じでした。

妖怪の街を散策するにはちょうどいい時期に来れましたね。

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調布百店街を抜けた先で、東に歩きます。

天神通りまで。

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メガネスーパーの店舗先に鬼太郎の乗ったモニュメントが立っていました。

ここから天神通り商店街に入ります。

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布多天神社への参道が、天神通り商店街になっているのですね。

隣接する土地に水木しげる水木プロダクションがあり、先生も日頃この天神通り通っていたようで。

水木しげるの地元として観光地化されているのですね。

西は鳥取県の境港の鬼太郎ロードと対を成す、東の調布の天神通り。

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ゲゲゲの鬼太郎目玉おやじと一緒。

鬼太郎お肌が美白ですね。

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ベンチの上で寝そべるねずみ男

今はこういう横になれるベンチもあまり見かけなくなりました。

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ねこ娘と一反もめん

ねこ娘は猫じみた顔立ちでした。

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商店街を抜けて、参道は落ち着いた界隈に入りました。

この近くには水木プロダクションもあって、私はその所在地らしい建物も見つけたのですけれど、どうも水木プロは所在地を公表していないらしいのです。

それなので私も建物の外観をここに載せるのは控えようと思います。

何にしても「水木御大の暮らした聖地」としての調布の息吹は感じられました。

布多天神社に向かいます。

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布多天神社に来ました。

御祭神は菅原道真公と少彦名命ということです。

土地の伝承では、現地の長者がこの布多天神社で布を織る技術のお告げを受け、木綿を完成させて朝廷に献上、これが日本初の「調布」であり調布の地名の由来になったと。

そういう話が伝わっているそうです。

「調布」というのは、奈良時代から平安時代にかけて、朝廷に税として納められていた布のことです。

東京都内には他にも田園調布など調布と付く地名が複数ありますが、調布市がその調布の本家本元、発祥の地というわけですね。

関西にも古来の織物に関する伝承が多く、多くは渡来人との関わりから語られます。

古代の武蔵野国の豪族たちも、高句麗など朝鮮半島との交易を盛んにしていたようなので…その辺りの関連を私は推測しました。

 

布多天神社にお参りします。

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茅の輪ごしの七夕短冊でした。

実は茅の輪、ここで私、生まれて初めて見ました。

面白いものですね。

茅の輪も夏の神事なんですよね。

無病息災を祈って、くぐりました。

本殿にもお参りです。

調布の布にあやかって、どうか私のファッションセンスが洗練されますように。

またユニクロに買い物に行きます。

 

実物は見られなかったのですが、布多天神社は市指定文化財として「太閤の制札」を保有しています。

これは豊臣秀吉が小田原北条攻めの際に、この布多天神社界隈の人心を安堵させる目的で「我らの軍勢は乱暴をしない」という意図を表明した制札でした。

小田原北条びいきで秀吉嫌いの私は複雑な気持ちになりましたが、この制札の文面によって、近世に「布田」と呼ばれた当地がそれ以前の安土桃山時代には「補陀」と表記されていたことがわかるんだそうです。

仏教用語観音菩薩のいる聖地を「補陀落」というので、補陀の表記もその関連かと思います。

近世に入ってなぜそれを布田と改めたか、というのも気になりますね。

補陀が先なのか、それとも、もともとが布田だったのか。

「調布」の由来の伝承もふまえて、想像の余地があります。

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2019年夏東京八王子旅行一日目(8)。京王八王子駅から聖蹟桜ヶ丘駅へ。まさに聖地

滝山城跡から、路線バスでJR八王子駅前に戻ってきました。

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本日の午後は滝山城跡の他には予定を入れていませんでした。

空いた時間を適当に八王子市内散策に費やしてもいいのですが、明日以降にも八王子市内を散策するまとまった時間があるのです。

ここは近隣の気になる東京の街にでも足を運んでみようか。

そう思いました。

JR中央線かもしくは京王線で都心方面に向かう途中ですね。

気になる土地がいくつかあります。

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京王線で都心方面に行くことにしました。

京王八王子駅に向かいます。

放射線アイロードって道なんですね。

JR八王子駅北口から、北東に伸びています。

お昼に食事した「武蔵野うどんたまや」に行くときに通った、北西に伸びる西放射線ユーロードと対応してるわけですな。

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沿道に独特なデザインの建物があります。

八王子市保健所でした。

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「保健所前」の交差点です。

京王八王子駅の駅ビル、「k-8」が見えました。

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京王線に乗るのは生涯初めてなので、気分が高まります。

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乗車して20分ほどで、ここまでやってきました。

八王子のお隣の多摩市内にある、聖蹟桜ヶ丘駅です。

ご存知の方はご存知でしょう。

ここは、1995年のジブリ映画『耳をすませば』の舞台になった街の、最寄り駅なんです。

中学生の頃にテレビ放送された同映画を見て、「素敵な世界だな~」と思いましてね。

いつかは舞台の街に行ってみたいと、かねてからそう思っていたのですよ。

今回、ちょうどいい折だったので、来て見たんですね。

下調べも何もしておりませんけれども。

散策してみましょう。

ご当地巡り、聖地巡り。

 

ちなみに駅名にある「聖蹟」というのは『耳をすませば』とは関わりなく、天皇行幸の際に立ち寄った場所を言うそうです。

この聖蹟桜ヶ丘駅近くに、明治天皇が立ち寄られたことが由来みたいですよ。

桜ヶ丘は二重の意味で聖地なのですね。

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駅から歩いて南の方に映画にもでてきた「いろは坂」があるそうなので、そこまで歩きます。

「さくら通り」をまっすぐ南へ。

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目の前のファミリーマート、確か映画のオープニングにも出てきてたんじゃないですかね。

映画の時代からは、もう25年経ってるんですよね…。

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軽い傾斜の上に橋がかかってます。

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大栗川です。

この川の流れる風景、『耳をすませば』で何度となく描かれています。

遊歩道も整備されていて、いいですね。

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ここから、いろは坂のようですね。

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桜ヶ丘という高台に登っていく、いろは坂です。

高台の上が広範な住宅地になっていて、そちらに向かうタクシー、路線バス、自家用車がひっきりなしに坂を昇り降りしています。

栃木県日光市にある同名の坂ほどではありませんが、こちらのいろは坂も四つの急な曲がり道を持っていて、車で運転するのも大変だと思います。

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「鍵二つ 見知らぬ人に 声一つ」。

住宅地なので、スマホで風景を撮りながらうろうろするのは、ちょっと気兼ねです。

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ひとつめの曲がり道の手前に、いろは坂桜公園があります。

敷地の小さな公園ですけれど、大栗川沿いの風景を見おろせるようになっています。

耳をすませば』では、この公園のある場所に、主人公月島雫(つきしましずく)のお父さんが勤める図書館がある設定でした。

実際には建物はありません。

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聖跡桜ヶ丘駅方面を見ました。

もうちょっと高さが欲しいところでした。

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曲がり角に入ると、車道沿いの歩道は途切れてしまいます。

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連続する曲がり道を貫くように、階段が設置してあります。

歩行者を最短距離で高台まで導く心遣いを感じました。

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歩く箇所は歩きます。

午前中に負傷した右膝が痛んできた…。

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たぶん、聖蹟桜ヶ丘の駅から高台の桜ヶ丘まで、歩いて通勤通学してる方は少ないんじゃないでしょうか。

と思ってたら階段の途中で、上の住宅地の方から歩いて降りてくる会社員らしき人とすれ違いました。

タフな人もいますね。

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あの坂ですね。

上から見下ろすのが正解ですが。

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階段登りきってすぐ、この金比羅神社です。

耳をすませば』ファンの方にはお馴染みでしょう。

主人公の月島雫が告白されるあのシーンの現場ですね。

すわ、三角関係か?と胸ときめく一幕でした。

ロケ地巡りとは別に、金比羅さんの信者である私金比羅系は本殿にもきっちりお参りしました。

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神社と桜ヶ丘についての由来に加えて、『耳をすませば』のロケ地であることも説明してくれています。

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耳をすませば』の告白シーンにあやかって、このおみくじマシーンで恋愛運を占え!

そういう勢いのようです。

玉砕した野球少年、気の毒でしたね。

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聖蹟桜ヶ丘金比羅神社 恋おみくじ」。

映画を見た当時、玉砕した野球少年のことが他人と思えなかったので、私も恋おみくじを引いちゃいました。

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中吉。

それにしても、いいことばっかり書いてあって、嬉しくなってしまいました。

御利益願います。

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道の脇に「天守台(関戸城跡)」という案内標が立っています。

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読みにくいところに説明文が書かれている様子。

現在金比羅神社があるこの辺りは「天守台」、桜ヶ丘の高台は「城山」だったそうです。

この高台が、関戸城という、鎌倉時代の山城だったんですね。

残念ながら、城跡の遺構は宅地開発によってほぼ失われているようです。

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江戸時代の桜ヶ丘の絵があります。

江戸時代後半にはすでに、山の上に集落があったんですね。

「霞ノ関」という、旧鎌倉街道の関所があって、その関所に伴う宿場町でもあったようです。

関戸城も、その関所を守る目的の城だったのですね。

鎌倉時代末期に、この関戸城で鎌倉幕府軍と新田義貞(にったよしさだ)との間で「関戸の戦い」が行われています。

鎌倉に向かう義貞軍に対しさせまいとする幕府軍、しかし義貞軍の勢い強く、幕府軍は敗走。

その数日の後に義貞軍は鎌倉に攻め入り、ついに鎌倉幕府は滅亡するに至ったのでした。

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密かに、脳内で本名陽子さんの歌う日本語版「カントリー・ロード」の曲を延々とリピートさせながら、階段を下っていきます。

歴史のある場所が住宅地になって、新しい世代が生まれて、いつの時代にも、誰かにとっての大切な場所になっていくんですね。

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自転車で急降下はできず、痛んだ足を引きずり歩く私です。

聖蹟桜ヶ丘駅の駅前に戻りました。

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来たときには気付かなかったのですけれども。

地元商店会と映画のファン有志とでつくったという、「青春のポスト」がありました。

ポストに、夢や目標を書いて投函する。

思いがかなったら、再びここに来てその旨を書いて投函する。

若い人たちに向けた、そういう試みでした。

ところで私、映画の天沢聖司(あまざわせいじ)の声優をあの高橋一生さんが演じてたってこと、近年まで知りませんでした。

知った時、ちょっと感動しました。

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映画モデル地を説明した案内版もちゃんとあったんですね。

たぶん駅構内にこのマップも用意してあったと思います。

 

余談ですが、聖蹟桜ヶ丘駅の発着メロディは、「カントリー・ロード」になっています。

新宿方面行きと高尾山口方面行きとではそれぞれ同曲の違うパートを採用していて、私はその両方をスマホに録音するために駅構内で粘りました。

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録音したものを、著作権その他の関係でここに掲載できないのが残念であります。

皆様もぜひ聖蹟桜ヶ丘駅で発着メロディを聞いてみてください。

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2019年夏東京八王子旅行一日目(7)。名城、滝山城跡を散策。いやらしい北条戦法の跡

武蔵野うどんにすっかり魅了されました。

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雨降ってるし膝の靭帯バグってるしで具合悪いですが美味しいものを食べて体が温まると、不思議と楽観的になってきます。

西放射線ユーロードを通って八王子駅北口に戻りました。

観光案内所の方に、滝山城に行く路線バスを教えてもらいました。

本日は午前中に八王子城、昼食後には滝山城、という登城予定を組んできております。

昼食後から夕方までの予定はとりあえず滝山城探訪だけなので、急がずスローペースで散策するつもりです。

路線バス乗り場から、バスに乗って北へ。

八王子駅北口からまっすぐ伸びる桑並木通りをずっと北へ。

浅川大橋で浅川を越え、長い長いひよどり山トンネルに入り、中央自動車道の地下をくぐって北へ。

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滝山城址下」バス停でバスを降りました。

目の前に、滝山城跡が控えています。

戦国の名城です。

この辺りは郊外で、滝山街道沿いに、滝山城跡含む都立滝山公園の緑を背にして集合住宅と民家が並んでいます。

いいところですね。

もともと滝山城は、関東管領山内上杉氏の家臣だった、大石氏の城でした。

大石氏は信濃国発祥の武士で、上杉氏に武蔵野国の支配を任され、武蔵守護代として多摩一帯に勢力を持っていました。

大石定久(おおいしさだひさ)の代に小田原北条氏に降り、北条氏康(ほうじょううじやす)の子息、北条氏照(ほうじょううじてる)を自分の娘を娶わせて養子とし、家督を譲ります。

北条氏照滝山城に入城します。

それ以降、八王子城を気付いて移るまでの間、この滝山城北条氏照の本拠地でした。 

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八王子城に続く八王子市内の名城、滝山城

多摩川の絶壁を利用して築かれた山城で、多摩川の対岸は昭島市です。

永禄12年(1569年)の武田家による小田原攻めの際には、その向こうの昭島市の拝島に陣を置いた武田信玄本体を警戒して、滝山城北条氏照が釘付けを余儀なくされています。

その後滝山城は武田軍に包囲され、城攻めを受けました。

ただ武田の軍勢を相手に最後まで持ちこたえたところを見ると、堅城ではあったのでしょう。

散策が楽しみです。

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三の丸に向かう、天野坂です。

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天野坂を登りきったところで、左手に盛り上がった小宮曲輪と右手の三の丸とに挟まれた、細い谷間の通行を強いられます。

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城跡敷地内、要所要所にこうした往時の想像図を用意してくれています。

攻め手が天野坂を登って攻め込む間に、左右の高台の上から守り手に攻撃される。

攻め手にとっては悪夢のような防衛施設だったわけです。

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三の丸の盛り上がりです。

石垣はなく盛り土だけなので、往時の姿が想像しづらいです。

戦国時代にはもっとくっきりした造形だったかもしれないですね。

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三の丸手前には、空堀の跡があります。

往時にはもっと深かったと思われる、と案内版に書いてありました。

三の丸の三方を、この空堀が囲っているということです。

武田の軍勢がこの城を攻めたときに「三の丸まで攻め入った」ということなので、ここを越えて入り込んだのですね。

武田軍にも犠牲が多かったと思います。

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小宮曲輪の上にも登れたので、登ってみました。

雑草に覆われてよくわかりませんが、高いです。

小宮曲輪の上をずっと歩いて北側の山の神曲輪まで行けるのですが、まあそこへ行っても同じようなものだろうしいいか、と思いました。

とりあえず降りて本丸跡を目指します。

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図で解説してくれてあります。

コの字型土橋。

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お堀の一部を掘らずに残しておいて土橋とするのですが、攻め手を側面攻撃するために谷底の狭い通路に細かく曲がり角をつくるといういやらしさ。

上から矢だの槍先だの降ってくるんですから、絶対に通りたくありません。

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現在はこのように草に覆われています。

矢も槍先も飛んでこないので、文句を言うつもりはありません。

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土手の上に千畳敷という場所があるそうです。

登ってみます。

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既視感がありました。

八王子城跡の麓の御主殿跡みたいですね。

おそらくここにも北条氏照の政務の場所があったのでは…と思いますが、私は現地で案内版を見落としたので詳細不明です。

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尾根道を伝っていきます。

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空堀まで草木に覆われています。

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右手は二の丸、通路を通ってその先の中の丸に向かっています。

遠方左手の柵の下には腰曲輪と呼ばれる平地が設けられています。

腰曲輪は滝山城内のところどころに設けられていました。

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私が滝山城跡を訪れたのはお昼頃で明るく雨も上がっていたので、八王子城跡の時ほど怖くはありませんでした。

ただ、通路を外れた森の奥に目をこらすと、霧がかかって人を拒絶するような空気が感取されます。

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中の丸には和風の建物がありました。

お寺の本堂…っぽく見えないでもないですが。

小学生の子供さんたちが大勢集まって建物の周囲で遊んでいたので、私は近寄らず遠目に見るだけでした。

詳細はわかりません。

少なくとも北条氏に関係する史跡ではなさそうです。 

中の丸には他に手洗いの施設もあって、天気がよければピクニックにもちょうどいい場所です。

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「ひきはし」と書かれた橋が掛っています。

また既視感です。

ひきはしの向こうには本丸があります。

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本丸の入口、枡形虎口です。

まず土塁に視線を阻まれます。

いいつくりですね。

右に曲がって本丸へ。

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ここも草に覆われた広場のような場所でした。

草の下は地面が柔らかく、ぬかるんでいる箇所も多かったです。

本丸の見学はそこそこに、その場を後にしました。

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城跡の敷地内を一周して、また入り口近くの小宮曲輪の辺りに戻って来ました。

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滝山城跡、だいたい50分ほどで中を一周して来れました。

草に埋もれてわかりづらいところはあるものの、北条家の手による城の遺構がよく保存されていて、見学は面白かったです。

曲輪と曲輪の狭い谷間を通らせて上から攻撃する、という城作りは北条家の築城の特色なのかもしれません。

いやらしいですね。

以前の東京旅行で訪れた、世田谷城跡にもその痕跡がわずかにありました。

今後も、関東各地の北条家の城跡を訪れて確信を深めたいです。

滝山城址下」バス停から再び路線バスに乗って八王子駅に戻ります。

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2019年夏東京八王子旅行一日目(6)。高尾駅から八王子駅北口へ。武蔵野うどんたまやは素敵

負傷した足をいたわりながら、時間をかけて下山しました。

痛いです。

八王子霊園の入口あたりに宗関寺というお寺があって、境内に水戸藩家老の中山信治(なかやまのぶはる)が寄進した梵鐘があります。

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梵鐘に刻まれた銘は水戸光圀に重用された、明出身の僧、心越興儔(しんえつこうちゅう)の書だという案内がありました。

父祖とその主君の霊を供養する家老に対し、光圀公が助力した…という背景でもありそうな。

そんな想像をしました。

あとこの宗関寺を出た南側には横地堤という場所があって、それは八王子城の城代だった横地監物が築いた堤でした。

私は気付かずに素通りしてしまいました。

その堤から西側が北条氏照(ほうじょううじてる)の家臣団の武家屋敷が並んでいた、根小屋地区だそうです。

それも気付きませんでした。

往路で見た住宅がまばらに立っていた界隈、戦国時代には武家屋敷があったということなのでしょう。

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高尾街道を南へ、高尾駅に戻ります。

関節の痛みは酷く、だましだまし歩いています。

まだ旅の初日、しかも午前中なのにこの惨状、先のことが心配になってきました。

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ようやく高尾駅にたどり着いて、息をつきました。

ここでいったん雨合羽を脱いで、電車に乗ります。

八王子駅まで戻るのです。

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早朝、高速バスで乗り付けてすぐに南口に向かったので、これが北口の風景を見た初回です。

八王子駅北口。

大都会の風景でした。

やはり八王子は東京ということで、間違っていなかったんですね。

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北口から北西の方角に伸びる歩行者天国、西放射線ユーロード(西放射線通り、八王子ユーロード)です。

凝った名前の通りですね。

このユーロード沿いには商店が多く、お買い物にも外食にも便利です。

 

ところで、ちょっと早めの昼食にしようと歩いているわけなんです。

今回の東京八王子旅、「武蔵野うどんの食べ歩き」も目的のひとつでした。

武蔵野うどんというのは、八王子を含む東京の多摩地区から埼玉県にかけて郷土料理として親しまれている、太くてコシの強い麺をつけ汁につけていただくうどんです。

東京23区内では食べられるお店が少ないのですが、多摩地区と埼玉県にかけては武蔵野うどんのお店が点在しています。

で、多摩地区の西端である八王子の中心地に、「たまや」という有名な武蔵野うどんのお店があると聞いてきたんですよ。

西放射線三崎町公園という公園のある角で東西に通る富士見通りに入り、西へ進みます。

夜のお店がテナントに入ったビルが多数並ぶ界隈に入ってきました。

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ここですな。

武蔵野うどんたまや。

先客の人たちがいます。

現在10時30分、たまやは朝の8時30分から営業しているのです。

週末ですが、雨天のこともあってか行列が短くて運がよかったです。

城跡で負傷した埋め合わせですね。

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並んでいます。

朝、八王子城跡の手前で、コンビニおにぎりを食べただけなので、おなかは空いています。

ところで、このたまや、八王子発の人気音楽グループ「FUNKY MONKEY BABYS(通称ファンモン、2013年解散)」メンバーの行き着けのお店らしいです。

ファンモンはテレビ番組でちょっと見たことがあるぐらいでよく知りませんでしたが、メンバーの三人は皆さん八王子の出身なんですって。

私も今回八王子に馴染みつつあるので、親近感が湧いて来ました。

お店にもファンモンメンバーにちなんだ「ファンモンうどん」というメニューがあるそうですよ。

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まあ迷ったのですが、やっぱり、ファンモンうどんじゃなくて定番のメニューにしました。

肉きのこ汁うどん、850円です。

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きのこ類、牛肉、ネギ等を甘辛い味付けで煮たつけ汁です。

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武蔵野うどんの真髄、コシの強い太麺うどんです。

このうどんを熱いつけ汁につけて、具材と絡めながらいただくんですね。

うどんをすするのではなくむしろ「食っている」という野趣な気分で、がっつきました。

空きっ腹に吸い込まれていき咀嚼が追いつかない…。

とても美味しいですね。

郷土料理である武蔵野うどん。

それでいて若い現代人の舌にも馴染みやすいと思います。

いいものを発見した、と嬉しくなってしまいました。

店内もお客さんで混んでいます。

私は今回はうどんだけにしたのですが、他の皆さんはうどんの他に天ぷらメニューも盛んに注文しているようでした。

天ぷらが揚がる度に、従業員の方が「○○揚がりました」と知らせてくれるのですね。

その都度、揚げたてが食べられます。

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2019年夏東京八王子旅行一日目(5)。八王子城跡山頂まで登る。激戦の地

御主殿跡から古道への戻り際、橋の上から城山川を眺めました。

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この上流に御主殿の滝があります。

城の女性たち、武将たちが自害の後に滝壺に身を投げ、流れが血で赤く染まった。

そんな伝承が残っているそうです。

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なんだか、御主殿の滝を見学しに行く元気が出ません。

古道を戻ります。

背筋が寒いような感覚がありました。

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写真には撮っていないのですが、八王子城跡敷地内の道筋には巨木が植わっていて、その根が道側に剥き出しになっている箇所が多いのです。

静かで暗い林道の間を歩いていると、それらの木の根の奇怪な形状と暗い色合いが、激しく恐怖感を煽るのでした。

八王子城徳川時代には廃城になり、明治時代に入ると城跡に国有林として植樹されたという経緯があります。

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管理事務所前を経由して、八王子城本丸跡への登城口に来ました。

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この前でようやく他の観光客の人とすれ違い、少し人心地がついたのですが。

入口に鳥居を見て、再び気持ちが引き締まります。

城跡であると同時に、神域ということでしょう。

「本丸方面で滑落事故が増えている」という注意書きにも、緊張感が高まりました。

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雨天です。

登山道には湿った箇所、ぬかるんだ箇所が多いです。

慎重に歩みを進めました。

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この辺りは金子丸です。

八王子城の曲輪(防衛機構)のひとつで、金子三郎三衛門家重(かねこさぶろうざえもんいえしげ)が守っていたそうです。

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気持ちは重く沈んでいます。

足取りも重いです。

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ここは「柵門跡」だそうです。

本丸に続く道の上につくられた平坦地で、詳しい名前の由来はわからないということです。

柵門なる施設があったものと思われます。

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風雨によるのか、道側に寄りかかるように傾いている樹木が多々見受けられました。

今にも倒れてきそうで、恐ろしいです。

そしてこの後、実際に真新しい倒木にふさがれている道さえ目の当たりにしました。

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城跡を登っているというよりも、多くの霊が眠る霊場に足を踏み入れてしまった、という心境でした。

今まで戦場になった山城跡にも何度か登っていますが、こういう心境になったのは初めてでした。

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天候のいい日には、東側に都内の副都心の高層ビル群、またスカイツリーまでの展望が開けるのだそうです。

今は雨雲と霧とに包まれて、ただただ外界から隔絶されている感覚しかありません。

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本丸界隈に近づいてきました。

階段の上は、八王子神社です。

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八王子神社境内の、天狗さんのお姿であります。

テングさまが見てる、略してテンみて。

八王子の地名の由来になった八王子神社にお参りしながら、私は社殿等、神社の施設を一切撮ることができませんでした。

そういう心理状態だったのです。

かろうじて天狗さんを写したのも、葛藤の末でした。

無事に下山したい、という思いで参拝しました。

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ここは松木曲輪(二の丸)です。

展望台になっています。

松木曲輪は、これまで何度か名の出ている、中山勘解由の防衛した場所でした。

ここで前田利家の軍勢と戦い戦死した中山勘解由の奮戦ぶりは徳川家康の耳に伝わり、勘解由の遺児たちが水戸徳川家に仕える縁になりました。

水戸徳川家中で、中山家は家老にまでなっています。

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ここで下から迫る前田利家の軍勢と、迎え撃つ中山勘解由の防衛隊が激突したのですね。

中山勘解由は討ち死に、おそらくは配下と共に全滅したものと思います。

前田勢も多くの戦死者を出したでしょう。

今も当地に、両軍の将兵の霊が眠っているのでしょうか。

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山頂曲輪(本丸)に登ってきました。

石碑と祠がありますね。

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「平地が少ないので大きな建物はなかったと考えられる」という説明がありました。

本丸を首尾していた武将は、横地監物です。

彼が、北条氏照の留守中、八王子城を預かる城代でした。

監物は八王子城落城時に北の奥多摩方面に落ち延び、そこで自害しています。

また八王子神社の社殿脇にある監物を祀った社は、もとは奥多摩町にあったものを奥多摩ダム開発の際に移設したものだということです。

 

ところで本丸から下に降りるときに、私は坂道の上のぬかるみに足先をとられて、右膝の靭帯を痛めてしまいました。

我が武運つたなく…。

本丸からさらに西に進んだ先には八王子城の西端を守る詰城(大天守)の遺構もあるという案内だったのですが、そこまで行くことはあきらめました。

下山することにします。

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八王子城主北条氏照の物語 霊鐘姫の愛と共に生きた若き日々

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