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TOEIC受験と豚骨ラーメン、飛鳥時代以来の古刹。和泉市の旅

大阪

先日、TOEICの試験で大阪府和泉市に参りまして。

そのついでに、観光もしようと思ったのですね。

お昼頃、泉北高速鉄道和泉中央駅に到着しました。

ここから、試験会場の桃山学院大学方面を目指します。

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大学界隈は住宅地であります。

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かつては繊維産業が盛んな土地柄でしたが、今は輸入物の製品に押され、稼働中の工場は少ないようです。

かつての名残りは少ないですが、繊維産業の担い手だった企業の美術品コレクションを集めた「久保惣記念美術館」が住宅街の近隣にあるのですよ。

剣豪、宮本武蔵(みやもとむさし)直筆の鵙(もず)の絵画を所蔵していることで著名です。

和泉市久保惣記念美術館

今回は寄りませんがね。

お昼時に現地に着いたので、まずは昼食を済ませようと思います。

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今日もラーメン。

来ました。

九州ラーメンむがく庵。

桃山学院大学のすぐ手前にあるお店です。

TOEIC等の資格試験受験で当地に来る際には私、よくここでご飯を食べるのですよ。

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土日も、お昼11時半から開店です。

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カウンター席に着き、注文して5分余りで出てきました。

待たずに済んで、有難いですね。

とんこつラーメン650円、サイドメニューの「まんきち」がラーメンとのセット価格で280円です。

まんきち単品で注文すると380円になります。

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もやしとネギたっぷり、白ゴマも入った豚骨スープの九州系ラーメンです。

大きくて柔らかいチャーシューも絶品。

特に強い香りもなく、大阪人にも食べやすい味ですね。

歯ごたえのしっかりした麺も美味しいです。

私の好きな一杯です。

テーブル備え付けの紅ショウガをひとつまみ乗せて、いただきましょう。

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まんきちの方は、ごはんの上にほぐしたチャーシューをまぶしてマヨネーズをかけ、キムチと厚焼き玉子とネギを乗せた一品です。

軽くかき混ぜて食べるとより美味しい。

全体的に穏やかな味で、ラーメンとよく合います。

TOEIC試験を前にして、束の間ですが、幸せなごはん時間を過ごしました。

腹が減っては…なんとやら。

語学試験も、戦ですとも。

 

さて、食後に至近の大学構内に入り、TOEIC受験を済ませてきました。

今この記事を書いている段階でまだ試験結果は出ていませんが、おそらく前回よりもスコアは上がっていると思います。

というのも、リスニングがなんとなく楽に感じられたんですよね。

高得点が取れたらいいなあ、などと思いながら試験会場を出て参りました。

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わざわざ来て試験だけ受けて帰るのも物足りないので、観光していきますよ。

大学から住宅地を抜けて南に行くと、松尾寺というお寺があるそうなんです。

この機会にお参りしようと思ったんですね。

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住宅地を造成途中の場所に、ススキが群生していますね。

和泉市のこの界隈、広範囲に宅地化されている一帯ですが、元来は山深いところだったのだと思います。

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ところが住宅地を抜けた先で、道が封鎖されてしまいました。

持参した地図によれば、この先すぐのところに目的地の松尾寺があるはずなのですが…。

仕方ないので、迂回して進みます。

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迂回してきて、封鎖されていた場所を下から見上げています。

トンネルの上だったんですね。

どうも封鎖されていた先の土地には、開発中の私有地がある模様。

このままトンネルをくぐって、松尾寺方面に参ります。

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なんだかトンネルの中を通る車道、えらい渋滞してるな~と眺めながら歩いてたんですね。

そこで思い出しました。

この先すぐの場所に、近年「ららぽーと和泉」と「コストコ」という大型商業施設がそれぞれオープンしたわけなんですよ。

混雑するわけです。

松尾寺って、それらのお店の近くにあったんですね。

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松尾寺へ行く途中の道すがら。

人で混雑する大型商業施設の至近に、のどかな風景が広がっていました。

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ところで、先ほど封鎖されていた道の先を見上げています。

何やら上には、公園のような場所が見えているのです…。

しかし今いるところからも、その場所への入口が封鎖されていたのですね。

建設中の公園…にしては、余りに封鎖箇所が広すぎるような。

これは、あまり深入りしない方がいい件なのでしょうか…。

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ともあれ、松尾寺界隈にたどり着きました。

桃山学院大学付近からそこそこ歩きましたので、感動もひとしおです。

和泉中央駅から大学を抜けて松尾寺まで来る路線バスもあるのですが、少し時間が遅くて、最終の便が終わってしまっていたのですね。

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修験道の創始者、役小角(えんのおづぬ)によって飛鳥時代に開かれたと伝わる古刹であります。

とても歴史があるんですね。

飛鳥時代には今のように宅地化はされていませんから山の中で、修験者が修行を積むにはいい環境だったのかもですね。

現在は、天台宗のお寺になっています。

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付近も雰囲気があって、いい感じ。

お参りしましょう。

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山の上にお寺があるんですね。

石段を登って参ります。

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石段の途中、こんな場所がありました。

案内板いわく、首堂(こうべどう)ですと…。

平安時代、現在の兵庫県神戸市須磨区で勃発した源平一の谷の合戦。

その戦で戦死した将兵の首を、源義経(みなもとのよしつね)が松尾寺に送り、それらの首を供養、埋葬した場所なんだそうです。

戦死者の首は須磨から三艘の船に分けて乗せられ、一艘は当寺、一艘は堺の寺、もう一艘は四天王寺にそれぞれ送られたのだそうです。

案内板には戦死者と書かれていましたが、おそらくは義経軍が挙げた平家の武士たちの首級…ということなんでしょうね。

おそらくこれからお参りする松尾寺、源義経と縁があったのでしょう。

私も首堂に手を合わせておきました。

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立派な山門が見えてきましたよ。

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大阪府の指定有形文化財になっている、金堂です。

当寺は安土桃山時代織田信長の軍勢から焼き討ちを受けたそうなんですね。

それが後の慶長年間に、豊臣秀頼の手によって再興されたとか。

金堂始め境内の建物は、江戸時代の再建だそうです。

織田信長の焼き討ちと言えば比叡山の件が有名ですが、それ以外でも畿内の寺社勢力を攻めて、焼き討ちも行っているんですね。

信長の抵抗勢力への容赦の無さと共に、各地方の寺社の独立した立場を示す逸話でもあるな、と思います。

金堂へのお参りを済ませて、山を降りました。

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界隈の風景。

眺めながら、まったり気分になれました。

近所にららぽーとコストコがあって大勢の人でにぎわっているだなんて、想像し難いですね。

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畑の傍に、梅の花も咲いています。

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松尾寺バス停の傍らに、樹齢約700年と伝わる樟の姿がありました。

この場所に700年…。

と言うことは、織田信長による松尾寺への侵攻の際にはもう、ここに立っていたのですね。

言葉を聞くことこそかないませんものの、歴史の生き証人という呼称がふさわしい存在だと思います。

樟の姿に畏敬の念を抱きながら、バスも来ないので遠い最寄り駅まで歩いて帰りました。

和泉市の旅でした。

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『瞬殺猿姫(43) 泥鰌を捕る猿姫、三郎の涙』

連載小説 小説:瞬殺猿姫

猿姫は、棒を器用に操った。

「やっ」

水田の中から、棒先で泥ごと跳ね上げられて、泥鰌(どじょう)が宙に飛んだ。

「えいっ」

と勢いをつけて、猿姫は体を躍らせ、腰に結わえたびくで落ちてきた泥鰌を受ける。

宙を舞った後、泥鰌はびくの中に収まる。

泥が飛び跳ねる。

泥鰌を捕る度、びくは重くなっていく。

猿姫は、泥にまみれた顔を手の甲で拭った。

もう一月ばかりになる。

北伊勢の農民に、彼女は雇われている。

路銀が底をついたのだ。

しかし旅の一行の主である織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)始め、金を得る手段に乏しい者ばかりだった。

その結果、神戸城から同行している神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)のつてを頼りに、しばしの仕事を求めて一行は近隣に散った。

猿姫も、例外ではない。

彼女はかつて、遠江国武家奉公を辞した後、しばらく農村で泥鰌を捕って暮らしていた時期がある。

泥鰌を捕るのは慣れたものなのだ。

そんな経験があったので、神戸下総守に紹介されて、近隣の農家に雇われた。

日中は主に泥鰌を捕り、手が空けば畑仕事、また内職の手伝いをする。

夜は雇い主の農家で過ごす。

彼女自身が農家の出身とは言え、幼い頃に武家奉公に出された猿姫には、農家の仕事は初めてのことばかりだった。

泥鰌捕りをのぞいては、手間取ることばかりだ。

それでも農家の人たちに気に入られて、居心地は悪くない。

気になるのは、賃金がいかほどもらえるのか、そればかりだった。

「また泥鰌、たまったな。街に売ってくるわ」

畦道に、家の主が立っている。

壮年の男だ。

しばらく前から猿姫が泥鰌を捕る様を、眺めていたらしい。

猿姫は、主に泥鰌たちの入ったびくを手渡す。

「こんな時間から街に行って、売れるのか」

もう日は落ちかけている。

この農村から街まで今から行けば、日は暮れるだろう。

びくを手にして、主は猿姫を見た。

「猿姫さんは、知らんか」

「何が?」

泥鰌は、夜に売れるんじゃ」

初耳だ。

「そうなのか」

「それはそうじゃろう」

主と二人、家に向かう畦道を歩いている。

泥鰌は夜に食うもんじゃ」

「そんなことはないだろう…」

雇い主の機嫌を損ねないように、猿姫は控えめに反論した。

「私は遠江でも泥鰌捕りをしていた。朝のうちに捕って、昼間には街で売るんだ」

遠江ではそうなんじゃろう。しかし伊勢では、夜に食うのじゃ」

猿姫は首をかしげた。

「どうして?」

畦道を歩く。

「どうしてって、泥鰌を食えば精がつくじゃろう…」

水田地帯を抜け、二人で家に向かう道すがら、主は淡々とした調子で言った。

猿姫の方を見ない。

しばし考えた末、猿姫は思い当たることがあって、顔を赤くした。

「そういうことか…」

主は応えなかった。

泥鰌を食えば、精がつく。

猿姫は、思い返している。

猿姫が泥鰌を多く捕った日、農家での夜の食卓には、その泥鰌が上った。

小さな農家の母屋で、主夫婦と猿姫と、三人で寝泊りしているのだ。

猿姫は慣れない農家の生活で、疲れて早くに寝てしまうのが常だった。

泥鰌で精がつく。

自分が眠った後、主夫婦がどのように過ごしているのか。

猿姫はこれまで、考えたことがなかった。

「新鮮な泥鰌を夕餉に食えば、後がよろしいだで」

歩きながら続けて言う主の言葉を聞きながら、何がよろしいのだろう、と猿姫は血の上った頭で考えている。

「…今夜から私、馬小屋で寝ることにしようか?」

思わず口走った。

「何を、他人行儀なことを言いなさんな。ずっと母屋にいなされ」

主が慌てて言う。

しかし先を歩いている主と家の主婦の顔とを並べて思い浮かべ、猿姫は顔が火照るのを意識せずにはいられなかった。

遠江泥鰌を捕っていた頃には彼女も幼くて、気付かなかったのだ。

遠江でも、猿姫から泥鰌を買ってくれた人たちは、精をつける目的で夜に食べていたのかもしれない。

猿姫は思わず自分の頬に両手を当てていた。

熱い。

口数の減った猿姫を振り返り、農家の主は苦笑いしている。

「猿姫さんにも、わりと娘らしいところがあるんじゃな」

「私をなんだと思っているんだ」

主について家の母屋に入りながら、やはり今夜からは馬小屋で寝よう、と猿姫は心に決めている。

 

三郎は、目に涙を浮かべている。

「辛気くさい武家の餓鬼め、さっさと寝くされ」

怒号と共に、硬い箱枕が飛んできて、三郎の頭にぶち当たった。

三郎はばったりと床に倒れ付す。

力ない。

三郎の隣にいた蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は、落ちた箱枕を拾い上げて、親方の所に丁寧に返しに行った。

ややあって、倒れたままの三郎の所に戻ってくる。

「うつけ、大事ないか」

「心が折れそうでござる」

倒れ伏したまま、三郎はうめいた。

もう一月になる。

猿姫と別れて、三郎と阿波守は二人、白子の港で荷受けの人夫として働いている。

神戸下総守のつてによるものだった。

一日、港に入る船から荷を受け取って、蔵に運ぶ。

また白子を出る船に、蔵から運んだ荷を積み込む。

それだけの仕事で、心身共に消耗するのだった。

夜は、蔵の近くに立つ人夫向けの掘っ立て小屋で過ごす。

日中さんざん共に過ごした、仕事に厳しい親方と夜も一緒で、気が休まらない。

「小金を稼ぐことすら、並大抵のことではないのだ」

阿波守は、おおらかに言って諭した。

三郎よりもひとまわり年上の阿波守は、これまで人並みに苦労を重ねてきているようだった。

「この一月で、拙者もつくづく実感し申した」

二人して、土間に莚を敷いただけの粗末な寝床に横になり、語り合う。

「貴様のような大名の子息には、得難い経験だろう」

阿波守は忍び笑いをする。

三郎は、うなずいた。

「これまで、金子というものは、毎日それなりに懐に入ってくるものと思っており申した」

「無理もない。生まれながらの土地持ちは、そうした錯覚を起こす。事実は、厳しいのだ」

「全く。しかし阿波守殿は、慣れた様子であられますな」

荷受けの仕事といい、掘っ立て小屋での生活といい、阿波守は落ち着いてこなしているのだ。

「何、俺のような土豪の末端に生まれた者は、己の得になることなら何でもやってきておるからな」

阿波守は自嘲気味に言った。

「貴様は知らんだろうが、我が蜂須賀の家は俗に川並衆と申してな。代々、美濃国の土岐家または斎藤家の下にあって、木曽川の管理をしてきた家柄だ」

「存じております」

三郎は武家の故実に加え、近隣の諸豪族についても、大名の子息として人並みの知識を備えているつもりなのだ。

蜂須賀家に代表される川並衆についても、聞いたことがあった。

いわく、木曽川流域に分布し、木曽川を介した物流を支配する人々であると。

猿姫と二人、木曽川のほとりで渡し舟を強奪した際も、三郎は木曽川を支配する川並衆を敵にまわすことを内心危惧していた。

「川は富を生む。物も人も行き交う故な」

阿波守の言葉である。

「港と同じですな」

「うむ。だがその富を得るために、俺のような、現場の小者共はてんやわんやだ」

「なるほど」

「川なり土地なり港なり、所有しておいて配下の小者に管理させるのが、一番楽で儲かるのだ」

「なるほど…」

三郎はうなった。

大名とは、所有する者だ。

家臣たちに、管理を任せる。

苦労を知らず、生まれる富だけを味わえる者だ。

尾張国の大名の子息として生まれながら、弟に跡継ぎの座を奪われた三郎は、今やその富が手元から抜け落ちていく苦渋を舐めていた。

「拙者が今も大名でありさえすれば、路銀にも困らず、猿姫殿とも別れずに済みましたものを」

寝床にうずくまって、口走る。

いつしか、三郎はすすり泣いていた。

一月ばかり前に別れた同行者、猿姫の顔を思い浮かべている。

「うつけめ、男がむやみに泣くものではない」

三郎が泣いていることに気付いて小声で叱りつける、阿波守。

だがそう言う彼の声にも、狼狽の響きがあった。

「猿姫殿が心配でござる」

三郎は声を震わせた。

「あの猿女のことは心配いらん、矢でも鉄砲でも奴は倒せん」

慰める阿波守。

「金さえ貯めれば、あの女ともまた旅が続けられるのだ」

「で、ござりますか」

三郎は涙を拭った。

尾張国を発ってから、常に行動を共にしてきた猿姫。

彼女と別れることがこれほどつらいとは、三郎も想像していなかったのだ。

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『手間のかかる長旅(101) おおらかになだめる時子』

連載小説 小説:手間のかかる長旅

時子(ときこ)たちは、駅前のバスターミナルにあるバス停で、バスを待っている。

土曜日の午前中である。

先日アリスと二人でアルバイトの面接に出向いた帰り、如意輪寺(にょいりんじ)という寺に寄った。

その帰り、友人たち皆で再び如意輪寺に来ることをアリスは提案したのだ。

提案通りアリスは友人たちに話をして、今、全員が集まっている。

如意輪寺方面に行く路線バスに乗るのだ。

時子、町子(まちこ)、美々子(みみこ)、ヨンミ、アリス。

なぜか、美々子のパートナーの東優児(ひがしゆうじ)も来ている。

バス停のベンチに座って談笑する皆を置いて、時子と町子は二人その場から離れた。

仲間たちに話し声が聞こえない場所まで、歩道を歩いてきた。

「ちょっと時ちゃん、なんであの男がいるの?」

押し殺した、それでいて勢いのある声を響かせながら町子は時子に詰め寄った。

両肩をつかまれて、時子は苦しい。

「落ち着いて」

「仲間うちの集まりって言ってたじゃん」

しかし、アリスが皆に連絡をまわしたのだ。

時子の関知するところではない。

「アリスは何て言ってたの?」

「だから、仲間うちの集まりだって」

町子は目を剥いた。

東優児は美々子のパートナーである。

だが、彼は町子にも好意を持っているらしかった。

「東さんも仲間うちってことじゃない?」

個人的には優児に何ら悪い感情を持っていない時子は、何気なく言った。

彼女の両肩をつかむ町子の手に力がこもった。

「痛い、肩折れる」

「あの人は私たちとは関係ないでしょ」

強張った顔を、時子の顔すれすれに近づけてくる。

二人の鼻先が触れ合わんばかりになった。

「たぶん、美々子さんが独断で連れてきたんじゃないかな」

「もうっ…」

二人は後方のバス停の方を振り返った。

美々子は優児、ヨンミを両脇に置いて楽しそうに話している。

アリスも三人の傍らに立って、機嫌よく話しているようだった。

優児は女たちと話しながら、時折こちらを盗み見ている。

「あっ、あいつ、こっち見てる」

町子は舌打ちした。

そんな彼女を、時子は残念に思った。

休日の優児は美々子同様、顔に平日よりも薄く化粧を施して、やはり美しい顔立ちをしている。

服装にも気を配っている。

彼の方を見ながら、美々子とよくお似合いだ、と時子は思った。

「東さんとも仲良くしてあげてよ」

「何言ってるの」

時子の言葉に吐き捨てるように返して、町子はにらみつけてくる。

時子は、たじろいだ。

「あいつの魂胆はわかってるでしょ。美々ちゃんが鈍いのをいいことに、私のことも狙ってるんだよ」

時子はうなずいた。

しかし、町子の言葉だけ聞いていると、自意識過剰な人物のそれだ。

ただ実際時子は優児の町子への態度を見ているので、彼女の言葉を否定しきることもできなかった。

「でもきっと仲良くしたいだけなのよ、あんまり悪く取らないであげて」

皆で仲良くしたい時子は、おおらかな態度で町子をなだめた。

「悪く取る」

町子は、親指を唇に当てて、噛む。

「どうして」

「時ちゃんは、全般に男を甘く見てる」

町子の言葉に、時子は一瞬、体を強張らせた。

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道明寺の梅は見ごろ。梅多め、古墳も多め。藤井寺市の旅

大阪

今週は平日に時間があって、出かけてきたんですね。

最近は大阪市内を散策することが多かったので、たまには地元の南大阪周辺にも足を伸ばしてみようと思いました。

春になって、梅も見ごろ。

ちょうどいい場所があるんですね。

梅が名物、道明寺天満宮という神社が藤井寺市にあるのです。

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近畿日本鉄道、通称近鉄道明寺駅にやって参りました。

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駅構内にブルボンのお菓子自販機がありました。

こういうの好きです。

チョコあ~んぱんが食べたかったのですが、お昼前なので我慢しました。

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駅舎はこじんまり。

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道明寺周辺は、大阪夏の陣の際の激戦地でもあります。

真田信繁後藤基次といった武将たちがこの近くで死闘を繰り広げていたのですね。

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道明寺駅前から道明寺天満宮へは、この商店街を通っていけばいいのです。

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着きましたぞ。

道明寺天満宮です。

この界隈の土地には古代、古墳をつくる技術者集団だった土師氏(はじし)の一族が住んでいたのです。

道明寺天満宮も、もとは土師神社といって、その土師氏の氏神を祀る場所だったようですね。

ところではるか後の平安時代、土師氏の末裔に菅原道真(すがわらのみちざね)という偉人が生まれました。

皆様お馴染み、学問の神様として信仰される菅原道真公ですね。

この道真公を神として合祀して現在の神社の形になったようです。

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梅の名所として聞こえた場所ですが、平日に来たおかげか、さほど混雑してはいませんでした。

それでもわりと参拝客の方々がいます。

私も、本殿へのお参りを済ませました。

学問の神様ですから、私もいろいろとお願いがあります。

まずは英語始め、外国語に堪能になりたいですね。

さあ、梅を拝みに行きましょう。

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と思ったら、拝観券を購入しないといけないようです。

300円。

しかしここまで来ておいて、梅を見ないというわけにもいきませんので。

梅の維持費の足しになれば、ぐらいのつもりで。

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拝観券購入!

もう済んでしまいましたが、神道夢想流杖術、古武道などの奉納演武があったようです。

神道夢想流杖術、見てみたかったなあ。

ともかくも拝観券を手に入れたので、単身、梅園に侵入してしまいます。

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梅の花は今が見ごろ。

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梅にも、いろいろな種類があるようですね。

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梅の花が咲き乱れる中を忍び歩くような、梅園の通路です。

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可憐なたたずまい。

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満開の梅の花。

見ていて、気持ちが洗われるようです。

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ここでは梅の花がふんだんに見られますけれど、一度梅園を出れば、そこはもう梅の花が希少な外界ですから。

今のうちに梅の姿を目に焼き付けておきたいと思います。

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そろそろ次の場所へ行こうと思いながらも、名残惜しくてなかなか足が動かず。

でもようやく梅園を後にしました。

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道明寺天満宮の境内には、かつて古墳造営の際に使われた木製のそりの一種、修羅のレプリカが展示されています。

土師氏もこの修羅を駆使して近隣に数々の古墳をつくりあげたのですね。

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土師氏の祖である野見宿禰(のみのすくね)という人物は相撲の達人であり、なおかつ埴輪の発明者でもあります。

埴輪を発明したことで土師の姓を、時の天皇から授かったのですね。

彼の末裔である土師氏は土木技術に加え、焼き物をつくる窯の扱いにも長けていたようです。

天満宮の外にも、土師氏の窯の跡がありました。

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ビニールシートがかぶせられていますが、斜面に設けられた窯の跡ですな。

ここで土師氏の手で埴輪が焼かれていたのかもしれない…と妄想しました。

天満宮を後にして、周辺を散策していきたいと思います。

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天満宮に隣接して、道明寺という尼寺があります。

地名、駅名の由来になっているお寺なんですね。

もともと土師氏の氏寺でしたが、菅原道真公の叔母がいたことなどもあって道真公と縁深く、道真公の死後に道明寺と名を改めています。

ご本尊は、道真公手彫りの十一面観音像で、国宝なんですよ。

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この中にご本尊がおわします。

と思いながら、外から眺めていました。

ご本尊のお姿を目にするには拝観料がかかるので、今回は中に入らなかったのですね。

広々として、綺麗な境内です。

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可愛らしいですね。

 

お参りの後、近くに古墳があるらしいので、歩いていくことにしました。

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東高野街道を歩いていきます。

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紆余曲折の末、古墳にぶつかりました。

かなり大きなものです。

周囲を巡ってみましょう。

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大きな古墳なのに、周囲の堀に水気がないのは珍しいような。

フェンスを越えて、古墳に近づいて観察してみたい誘惑にかられます。

でも、駄目です。

 

古墳の周囲に面白い神社を見つけました。

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澤田八幡神社なのですが。

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鳥居と本殿までの間、境内を近鉄の線路が通っているのです。

鎌倉にもこういう線路が通る神社、ありましたね。

びっくりしました。

澤田八幡神社でのお参りの後、再び先ほどの古墳に戻ります。

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ようやく案内板のある場所に来ました。

仲姫命陵古墳(仲津山古墳)というそうです。

埋葬者についての記述はありませんでしたが、仲姫命というのは応神天皇の皇后にあたる人物だそうです。

応神天皇陵も近くにあるので、納得ですな。

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案内板の傍らに祭壇らしき場所があって、雰囲気が出てました。

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澤田八幡神社とは別に、古室八幡神社もありました。

仲姫命陵に隣接して、二つの八幡神社

八幡神社の祭神である八幡神は、応神天皇と同一の存在と見られています。

応神天皇の皇后である仲姫命、その御陵に沿って二つの八幡神社が位置するのには、由来があるのかもしれません。

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古室八幡神社の近く、住宅地の中にまた別の古墳らしき場所が見えてきました。

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あれも古墳でしょう。

近づいてみます。

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上に登れます。

こうやって上に登ったりさせてもらえるのは、皇族の御陵だと認定されていないから、なんでしょうね。

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古墳の外周に、梅の木が植えられているんですね。

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この古墳は古室山古墳というそうです。

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古墳の周囲から各種の埴輪も出土しているそうです。

この古墳も、土師氏の手によるものなのかもしれませんね。

 

ところで、古室山古墳のすぐ横を西名阪自動車道の高架が通っているんです。

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その高架の下に、古墳らしき築山が見えるんですよ。

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フェンスに囲まれて近づけず、また周囲を巡っても案内板等はなかったんですね。

だから、古墳だという確証はないのですが…。

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おそらく、古室山古墳に付随する小型古墳ではないかと。

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高架下の古墳。

悪くない雰囲気です。

この高架下古墳(仮)の向こうには、以前に来たことがある大鳥塚古墳、さらにその向こうに応神天皇陵古墳がそれぞれ隣接してあるんですね。

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今回も応神天皇陵を拝みに来ました。

以前にこの界隈に来たときは、応神天皇陵古墳と大鳥塚古墳だけ見学したんです。

高架を挟んだ向こう側の古室山古墳と仲姫命古墳も場所は近いですし、連続して訪ねるのもありかもしれませんね。

高架下古墳も一緒に。

 

ひと通り古墳を見て歩き、おなかが空きました。

昼食を食べて帰りましょう。

道明寺駅の近くによさそうな中華料理店を見つけておいたのです。

古室山古墳から、近鉄の線路沿いに歩きます。

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ようやく、道明寺駅の隣の土師ノ里駅前にたどり着きました。

土師ノ里。

いい駅名ですな。

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駅前には鍋塚古墳がありますぞ。

こちらも上に登れます。

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上からの眺めは、まあまあです。

住宅の向こうに仲姫命陵古墳が見えますね。

鍋塚古墳から下りて、道路沿いに道明寺駅前を目指して歩きます。

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…と思ったら、目指す中華料理店と同じ店名のお店が、土師ノ里駅のすぐ近くにありました。

中華料理三国。

姉妹店?と思いつつ、もう空腹で仕方ないのでこちらに入ってしまいます。

店内は飾らないながら落ち着いていて、いい感じの雰囲気です。

メニューもいろいろ。

今日も私はラーメン気分でしたので、特製ラーメンを注文します。

玉子入りと書いていたので、美味しそうだと思ったんですね。

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来ました。

玉子って煮卵かと思ったら、薄焼き玉子だったんですね。

冷やし中華に入っているのと同じ。

チャーシューもたっぷりで、450円。

安くて、驚きました。

スープは中華スープに近い味わいで、ラーメンとしては異色だと思いました。

あっさりしていて飲み具合良し。

たっぷりの玉子も甘みがあって、美味しいです。

このお店は基本のラーメンが380円、ほかにも一品料理など品数多く、どれもお値段手頃でいい感じでした。

近くに住んでいたら通いたくなる感じのお店ですね。

私は今までラーメンと言えばラーメン専門店で食べるのが習慣でしたが、中華料理店のラーメンもこれで悪くないな…と考えを改めました。

いろんなお店に入ってみると、新たな発見がありますね。

 

梅と古墳を堪能して、中華料理店のラーメンでまとまった旅でした。

お付き合いありがとうございました。

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黒門市場で手羽先唐揚げ、道頓堀で天丼、大正区でにんにくラーメン。大阪市の旅

大阪

週末、いいお天気でした。

となると、出かけずにはいられません。

そういうわけで、出かけて参りました。

 

南海電鉄とJR環状線が交差する、新今宮駅

大阪府南部からやってきて大阪市内を散策するには、交通の便利がいい場所です。

私の日帰り旅がいつもここからスタートするのは、そういう理由があるのですね。

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通天閣を横目に見ながら、堺筋日本橋方面に向けて、北へ歩きます。

今回の日帰り旅、天気がいいからって、特に目的もなく出てきてしまったのですね。

歩きながら目的地を考えよう、ぐらいの緩い歩き旅であります。

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日本橋に来ました。

東の秋葉原と同じく、電器店街として聞こえる街なんですね。

電化製品、パソコン関連機器、そしてテレビゲーム・アニメ関連の諸々がそろう、夢の街であります。

まあ、私はパソコンもアニメも詳しくないので、テレビゲーム関連のものを見て歩くぐらいですね。

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大通りから小さな通りに入りますと、昔ながらの工具店等が軒を連ねる界隈もあります。

隣接するパソコン、アニメ、テレビゲームを扱う界隈とは若干違った空気が流れていますね。

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そんな界隈にある大阪名物、五階ビル。

三階建てなのに五階とはこれいかに?と私も今まで思っていたのですが。

ウィキペディア等の記述によりますと、「五階」というのはこの地域一帯の通称であって、この建物を指すものではないようです。

「五階」エリアに建っている建物だから五階ビル、ということなんですね。

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五階ビルの近くには、主に呉服を扱うお店が集まる「日本橋商店会」があります。

 

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各店舗が密集しています。

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消防車が入れない通路の狭い場所だからか、消火器の備えも万全ですね。

…落書きされまくってますが。

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その日本橋商店会の一角に、全国の即席麺を扱うお店があったんですね。

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インスタントラーメン専門店、「やかん亭さくら」さんです。

大阪のローカル番組等でも時折紹介されていました。

しかし、お店、移転したのですね。

従来よりも南で今は営業されているみたいです。

日本各地のご当地即席麺が買えて、その場で調理してもらって食事もできるお店なんですね。

 

日本橋の電器店界隈をしばらく歩いていきます。

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路上で客引きをするメイドさんたちの数は減りましたが、それでもコスプレ衣装で呼び込みをする人たちがいて、独特の雰囲気がある通りです。

ラーメン店等、飲食店も結構多いです。

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高島屋の東別館ですな。

ここに来ると、鹿児島市内で見た百貨店、山形屋のある市街地界隈を思い出します。

旅の記憶は、折々にデジャヴ的感覚をともなって蘇って参ります。

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外国からの観光客でにぎわう黒門市場、今回もやって来ました。

ここに来るといろんな外国語が聞けますので、外国語好きの私にとっては結構嬉しい場所なんですね。

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この入口を入ってすぐのところに鶏肉専門の精肉店がありまして、鶏肉の唐揚げも売ってました。

買い食いする海外の観光客を真似するように、お腹の減っていた私も唐揚げを買い食いしてみることにします。

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鶏の手羽先の唐揚げです。

ひとつ税抜き40円、二つ注文してみたら外税込みで86円でした。

ぷりぷりのお肉がさくさくの衣で包まれ、美味しいです。

散策のお供にはちょうどいいおやつですな。

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今日も混み混み黒門市場

英語、中国語、韓国語にタイ語が飛び交う空間でありました。

シーフードを始め、食べ歩き向けの美味しそうな食べ物もいろいろお手頃価格で売られていますので、日本人観光客の方にもお勧めのスポットであります。

 

黒門市場を出た後も、日本橋周辺をしばらくうろうろします。

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関西ではローカルTVCM等を通しておなじみ、味園ビルであります。

各種飲食店等のテナントが入っています。

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テナントにはアイルランドの方が経営されているアイリッシュパブなんかもあって、私も一度だけ中に入ったことがあります。

味園ビルです。

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壁面から出ている触手みたいな装飾が、意味不明でした。

これらのふにゃふにゃにも、何らかの意味があるのでしょう。

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いつの間にか、一階に「ふくろうカフェ」が入っていました。

一時間、ワンドリンク付きで料金1500円からだそうです。

ふくろうと戯れたい方には、いいかもしれませんな。

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味園ビルの脇をすり抜けて、道頓堀にまで来ました。

この界隈も、相変わらずかなりの人であります。

立ち止まってぼやぼやしてはいられません。

しかし、時刻はお昼どき。

私のお腹も空きました。

道頓堀界隈はいつ来ても混んでいるので、私はこの辺りではあまり食事をしないのですが…。

どこか、空いているお店はないでしょうか?

ラーメンが食べたいですね。

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ラーメン食べる気満々だったのですが、こういうお店に目を引かれまして。

天丼の専門店、一味禅なのですがね。

なぜこのお店が気になったかと言いますと…。

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店頭に飾られていた、このポスター!

韓国のテレビ番組のものでした。

取材に来てるらしいですな。

サイン付きですね。

私、この人たちの顔と番組名に見覚えがあったんです。

実は私、以前にYouTubeでこの番組の動画を見ていたんです。

動画に出ているのはこの一味禅というお店の、日本橋の方にある支店ですな。

韓国にも전(ジョン)と言って野菜を揚げる天ぷらのような料理はあるのですが、日本のものとは若干趣きが違うのですね。

韓国の方々にとって、海産物を揚げた日本のさくさく天ぷらは、新鮮な経験になるようです。

ラーメン食べる気満々だった私も、道頓堀で韓国テレビ番組のポスターを目にしまして、見逃せない気持ちになってしまいました。

一味禅の中に、入っていきます。

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韓国だけでなく、大阪の各ローカル番組にも取り上げられていますよ。

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日本語のメニューに加えて、この韓国語のメニューも備わっています。

私はお値段も手頃な새우텐동(セウテンドン、海老天丼)を注文しました。

680円であります。

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天ぷらの油とだしから来る香りが、美味しそうです。

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お味噌汁がついて680円、いいですな。

ご飯に乗っている天ぷらのタネは海老、ちくわ、ししとう、エリンギ、紫蘇、とうもろこしでした。

長い間海老天ぷらを食べておらず、美味しくいただきました。

野菜の天ぷらも、どれも美味しいですね。

お店で天丼を食べることはこれまであまり無かったですが、さくさくして美味しくて、なかなかいいものですな。

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道を通る韓国人観光客らしき人たちがポスターを指差して反応していました。

わりとアピール度はあるのではないでしょうか。

これからも、大阪の天丼の美味しさを韓国他、内外の観光客の方々に伝えていって欲しいですな。

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お昼が済んだところで、歩きながらこれからの行き先を考えます。

しかし行き先は思いつきません。

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また御堂筋を歩いています。

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心斎橋にやってきました。

西から東に、長堀通りが通っています。

ここで思ったのですね。

このまま西に折れて、四ツ橋方面に向かってみようかと。

四ツ橋というのは、昔、川が埋め立てられる前、南北に四つの橋がかかっていた場所です。

今は交差点になっているのです。

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心斎橋から西に進み、四ツ橋の交差点まで来ました。

今は埋め立てられて面影もありませんが、かつてはここに、四本の橋が掛かっていたのですね。

四ツ橋の名の由来です。

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かつての四ツ橋を記念して、車道と車道の間の中洲に記念碑が立っています。

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この中洲の空間に、かつての四ツ橋を模した橋の欄干があるのですが…なぜか、そこにお布団が干されていました。

…いい天気でしたからねえ。

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かつての橋の名残りに、新しい生活の痕跡。

住人の姿こそ見えなかったものの、何かうなずけるものがありました。

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四ツ橋から、このまま西に向かって進んでいきましょう。

西方に、大阪市立中央図書館があるのです。

蔵書量が多く、洋書も豊富にある大きな図書館なので、のぞいて行こうと思いました。

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大阪市を西から東に走る長堀通り、かつてはここに長堀川が流れていたのです。

大きな運河で、大坂の物流を担っていたのですね。

今は埋め立てられていますが、運河の名残りはあります。

道路の中洲に、こうした公園が設けられていまして。

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江戸時代末期に富田屋橋のたもとにあった裕福な質店の子息、間長涯(はざまちょうがい)は麻田剛立から天文学を学び、実家の傍らの橋の上で天体観測を続けたのだそうです。

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天文学ってロマンがありますよね。

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これは富田屋橋のあった場所よりさらに西の、問屋橋の跡です。

これも橋の名残りですね。

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さらに西には、大阪木材市場発祥の地があります。

なんでも、この一帯含む長堀川沿いの広範囲は土佐藩が蔵屋敷を持っていた界隈だそうです。

件の木材市場も当初、土佐(現在の高知県)から運ばれてきた木材を流通する場所でした。

それが次第に日本各地の木材を扱うようになって、規模が拡大したそうなんですね。

しばらく先には土佐藩と縁の深い「土佐稲荷神社」がありますので、お参りしてみましょう。

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白髪橋の交差点に、気になるものがあります。

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大阪のタクシー発祥地…らしい。

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大正6年創業の会社なんですって。

昔のタクシーって、お洒落ですね。

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さらに行くと、長堀通り沿いに渋いレトロ建築を見つけました。

「細野ビルヂング」といって、なんでも兵庫県島嶼部発祥の建築会社、細野組が建てたビルだそうです。

明治期に創業して規模を拡大し、各地に販路を広げたのですと。

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趣きがありますな。

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中洲公園を通ったりしながら。

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ようやく土佐稲荷神社にたどり着いたようです。

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広い敷地を誇る、土佐稲荷神社であります。

安土桃山時代大阪城築城のための石垣として運搬されていた石の中に、「畏れ多い」ものがあり、その石をご神体としてここに祀ったのが始まりなのだそうです。

後に土佐藩によって京都の伏見稲荷から稲荷大神が勧請され、主祭神となりました。

もともと、近隣の長堀川一帯の土地は広く土佐藩が所有して、蔵屋敷等を持っていたんですね。

また明治時代になって、土佐出身の実業家で三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎が神社周辺の土地を買い受け、邸宅を建てたのだそうです。

以来この土佐稲荷神社、三菱財閥との結びつきが強い場所であるようです。

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境内は広々としていまして、解放的です。

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「境内飲酒宴会禁止」。

これだけ開放感があると、桜の季節になって酒を持ち込む人なんかも出てくるんでしょうね。

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社紋というんでしょうか、三菱になってますな。

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境内を出ますが、隣接する集合住宅の敷地内に、大きな楠が生えています。

この木、岩崎弥太郎の邸宅があった頃からこの場所にあるんだそうです。

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ここに新しい集合住宅を建てる際も、歴史的経緯のある木なので、大阪市の保存樹として伐採を免れたのですね。

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境内に、岩崎弥太郎邸宅跡を示す碑もあります。

神社の周辺を囲む玉垣にも、寄贈者として三菱系企業の名がずらりと並んでいます。

この土地と土佐藩、そして三菱財閥との結びつきを感じさせる場所でありました。

 

土佐稲荷神社に隣接する大阪市立中央図書館に立ち寄り、しばらく書架を眺めて過ごしました。

これからさらに南下して、JR大正駅で電車に乗り、帰ろうと思います。

大阪市立中央図書館から地下鉄千日前線西長堀橋駅に隣接していて、すぐ電車に乗れるのですけれど、大正駅まで歩いてみたかったのですね。

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途中、南海電鉄の駅名の由来にもなっている汐見橋を渡ります。

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汐見橋の上から、西の方角に京セラドーム大阪の姿が見られました。

汐見橋を渡った後、さらに歩き、今度は大正橋を渡ります。

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と思ったら、大正橋のたもとにこんな場所が。

石碑があります。

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石碑には『大地震両川口津波記』とあります。

嘉永七年(1854年)に起こった安政南海地震津波による、被害を記すものでした。

地震の被害の後、さらに安治川、木津川の河口から津波が襲い、一帯の土地の人、また地震を避けて船で川の上に非難していた多くの人たちが犠牲になったのだそうです。

かつて大地震津波が自分に身近な場所にも大きな被害をもたらしていたことを知り、気持ちが沈みました。

安政南海地震が起こる100年ほど前の宝永年間にも、同じく大坂に大地震津波とが襲っているのだそうです。

こうして慰霊碑、石碑などが土地に残っていると、かつてそこで起こった出来事を現代の私たちも実感することができるのですね。

碑に向かって手を合わせました。

またいつ大阪に大地震が来るか、わかりません。

私もそれなりに備えをしておこう、と思いました。

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渡った先の西側から見た大正橋です。

ここからJR大正駅まではすぐです。

もうすぐ帰れそうなのですが、その前に。

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大正橋の西側のたもとにこのお店を見つけてしまったのです。

にんにくラーメン天洋です。

これまでお店の名前を聞いたことはあったのですが、入ったことはなかったのです。

私はにんにく系のラーメンが好きなので、天洋も気になるお店だったんですね。

お昼に天丼を食べたばかりでお腹はまだそれほど空いていませんが、この機会に入ってしまおうと思います。

 

基本のラーメンを注文しました。

注文の際、ニンニクを入れるかどうか店員さんに聞かれます。

ここは、入れてもらいましょう。

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ラーメン税込み、730円です。

チャーシューが見た目にもごつい。

ネギ、もやしもたっぷり。

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この大きなチャーシューが素晴らしいのです。

脂がとろける食感がたまりません。

スープはニンニクの風味が溶け込んだ豚骨ラーメン、わりと口当たりがすっきりして自然に飲めてしまう美味しさでした。

つるつるしたコシのある麺も個性が強いです。

美味しくいただきました。

スープ、チャーシュー、野菜、麺とどれも好みで、やみつきになりそうです。

天洋は大正駅からも近い同じくJR環状線九条駅野田駅近くにもそれぞれ支店があるみたいですよ。

各店、行ってみたいですね。

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帰り道、大正駅の至近に沖縄料理店の並ぶ通りを見つけました。

大正区は、沖縄から移住した人たちが多く住む地域です。

今回はにんにくラーメンだけいただいて帰りますが、次は沖縄料理も食べにまた大正に来よう、と思います。

さ迷った大阪市の旅でした。

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『瞬殺猿姫(42) 食いつめる猿姫たち』

連載小説 小説:瞬殺猿姫

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、平気な顔で立っている。

猿姫は、おそるおそる彼の顔を見上げた。

「三郎殿」

「なんでござる」

三郎は何気なく振り返った。

彼に伝えるのが心苦しい。

猿姫は、唾液を飲み込む。

「実は…」

「なんでござる」

「あの…」

言葉に詰まる。

三郎は、首をかしげた。

「なんぞ支障でも?」

その表情は、猿姫を信頼しきっている。

それで、なおのこと、猿姫は苦しいのだ。

「実は…」

「ええ」

うなずく三郎。

猿姫は、勢いをつけて言葉を吐いた。

「路銀が、もう底を尽きそうだ」

「なんと」

三郎の表情が曇った。

当然であろう。

路銀が、もうない。

三郎はここのところ、手持ちの金銀を全て、猿姫の管理に任せていたのだ。

大名の子息である三郎である。

国を負われた身ではあっても、彼はそれなりの金子を懐にして旅に出ていた。

その金を、猿姫は預かった。

その預かった路銀の額の増減について、猿姫はいちいち三郎に知らせることはしていない。

しかし猿姫も、できる限りのことはやったのだ。

尾張で、織田弾正忠信勝(おさだんのじょうのぶかつ)が差し向けた刺客を倒してからもう数日、この間に猿姫と三郎は北伊勢まで逃げてきた。

木曽川のほとりで捕まえた人質、蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)も一行にいる。

その後、立ち寄った神戸城の城主、神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)も一行に加わった。

都合、四人での旅路である。

路銀はかさむ。

これから南伊勢の北畠中納言具教(きたばたけちゅうなごんとももり)の居館を訪ね、南伊勢に向かうことになっている。

まだまだ、道筋は長い。

「困りましたな」

狼狽した気配で、三郎は泳ぎがちな視線をかろうじて猿姫に向けた。

猿姫は、片手で口元を押さえながら、三郎にうなずき返す。

路銀を預かっていたのは、猿姫だ。

その額の不足は、彼女の落ち度であると言えた。

世間慣れしていない三郎、神戸下総守、そして人質の蜂須賀阿波守と違い、猿姫にはそれなりの責任があったのだ。

安全な旅を続けるために、路銀の残りの額の多寡には気をつけていなければならなかった。

「できるだけ、余計な支出は控えてきたつもりなのだが…」

猿姫は、独り言のように苦しげな言葉をひねり吐いた。

彼女には、言い訳のつもりは、なかった。

ただ、それが正直な気持ちだった。

三郎は彼女の顔を見た。

苦悶にさいなまれる娘の顔。

「猿姫殿は、よく路銀の維持に努められました」

一も二もなく、三郎は猿姫をねぎらった。

三郎、神戸下総守の二人は貴人であるので、彼らの旅の途上では食事に宿泊費など、各種の費用は膨らみがちになる。

それを極力押さえてきたのが、猿姫の才覚であった。

それであってもなお、当初三郎が持ち出した金額が少なかった。

猿姫の責にするのは酷なのである。

「猿姫殿の骨折りは、拙者がよく知っております」

事情を踏まえて、三郎ははっきりした言葉で言った。

猿姫、息をついた。

安堵の息だ。

「三郎殿。ありがとう」

「こちらこそ」

安心した猿姫と、三郎は視線を交わし合った。

そのやりとりに、余人にはうかがい知れない意味合いが込められている。

二人の脇で、神戸下総守と蜂須賀阿波守とが横目で見ていた。

「おい、貴様ら」

阿波守が声を高めた。

「路銀の不足はどうするつもりだ」

現実に引き戻す言葉である。

彼の声に、みつめ合っていた三郎と猿姫は、眉間に皺を寄せながら振り返った。

「なんだ、不躾に」

猿姫は阿波守をにらんだ。

「路銀の不足については、貴殿らのお知恵も拝借したく存じます」

阿波守の視線に応えて、三郎はしっかりと言葉を返した。

「何と、我らの知恵を拝借するとな」

一笑に付す阿波守。

うなずく三郎。

しかし猿姫は、いっそう阿波守をにらむ。

「笑うな」

「笑わずにおられるか」

阿波守は、猿姫の言葉にも嘲笑で返す。

「路銀が、もう無いのだろう?道半ばにして。その額は努力次第で増えるものでもあるまい」

まっとうな意見であった。

三郎と猿姫はそれぞれ無意識に胸を押さえた。

路銀が無い。

どう言い繕っても、それは言い逃れようのない事実であった。

「知った風な口を叩いて…」

毒づく猿姫。

しかしその語尾は、力なく空気中に溶けていく。

阿波守は、猿姫を横目で見返した。

「何を言っても無駄だ。路銀がなければ、旅のできようはずがない」

猿姫は言い返せなかった。

「ここで終わりだ」

宣告する阿波守。

猿姫と三郎は、唇を噛んだ。

旅の終わり。

もう先には進めない。

白子の港に戻って、再び渡し舟を漕いで尾張に戻るでもするほかない。

木曽川の河口から白子まで一人船を漕いできた猿姫は、同じ思いをすることを思うと背筋に寒気が走るのを覚えた。

人並みはずれて体の強い猿姫とは言え、長い距離を渡し舟を漕いで航行するためには、かなりの消耗を強いられる。

出来ることなら、もう二度と同じ道筋は辿りたくなかった。

猿姫は、うつむいた。

猿姫は、彼女自身、わずかな金子しか携帯していない、

もともと、金には縁が薄い。

脇に立って様子を見ている、神戸下総守の方を見た。

「お主、いい案は、ないか?」

苦し紛れの問いかけである。

猿姫に見据えられて、神戸下総守は、視線を返した。

その視線が、わずかに揺らいだ。

口を開く下総守。

「ここは私が、何とかしよう」

猿姫と三郎とが、一番聞きたかった言葉だった。

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『千鳥足のブタ』

短編小説

行くあてもない。

それで心細く路上を歩いていると、向こうから人が歩いてくる。

千鳥足というやつだ。

ふらふら、ふらふら。

そんな足取りで、向こうから人が歩いてくる。

しばらくの時をかけて、私とかの人との距離は縮まった。

中年の男性だった。

右手に日本酒の一升瓶をつかみ、飲み口を時折口にあてがい、瓶の底を持ち上げて中の酒を喉の奥に流し込む。

そうしながら、歩いてくるのである。

もう長らく酒にありついていない私は、心底うらやましかった。

男性とすれ違う。

私は横目で、男性の持った一升瓶に、物欲しそうな視線を送った。

酒の入った男性は、赤い顔で私の方を見た。

「なんだにいちゃん、しげしげ見てるな」

確かに、しげしげ見ていた。

私は。

彼の手にした一升瓶を。

「はい、すみません」

私は素直に謝っておく。

「しげしげ見るんじゃねえよ」

男性は私を一喝する。

「失礼だろ」

「すみません」

確かに、昼間から酒を飲みつつ歩いている人のことを、私はぶしつけにしげしげ見すぎた。

「しげしげ見てしまい、すみませんでした」

頭を下げながら、それでもなお、私の脳裏には男性の提げている一升瓶の姿がこびりついている。

「謝るぐらいなら、最初から人様の一升瓶をしげしげ見たりするんじゃねえ」

頭を下げる私をなおも怒鳴りつけて、男性は千鳥足でその場を去った。

 

一方的に怒鳴られて、私も気持ちが良くない。

むしゃくしゃしながら、それでも行くあてもなく、路上をさまよった。

「くそっ、少しばかりしげしげ見たぐらいで、あんなに怒鳴りつけやがって」

一升瓶を手にして千鳥足でやってきた男性の姿を思い浮かべながら、私は反感を覚えている。

あのようにして、アルコール分に飢えた私に一升瓶を見せつけ、彼は最初から私への嫌がらせを意図していたのではないか?

そんな疑念すら湧いてくる。

「あの野郎…」

アルコール分欲しさによる嫉妬と反感とがあいまって、私は唇を噛んだ。

内心のどろどろした感情を、抑え切れない。

「昼間から他人の前で酒飲む奴なんて、ろくなもんじゃねえ」

思わず、私は吐き捨てるような言葉を吐いていた。

緊張した複数の視線が、私に注がれた。

私ははっとして、顔を上げた。

路上の脇に、テラス席がある。

沿道で営まれている、イタリアンレストランのテラス席だった。

時間はお昼時。

着飾った男女がテラス席に腰掛け、スパゲッティなどのお洒落料理と共に、ワインを楽しんでいたのだ。

彼らは気分よくワインを楽しんでいる折に、私の罵声を耳にしたのだった。

彼らへの中傷と受け取れるような私の言葉であった。

心を傷つけられて、着飾った人々が、悲しげな視線を私に向ける。

私は、焦った。

「いや、違うんです、あなたたちのことを揶揄したのではなくて」

しどろもどろに言う私の言葉は、彼らには届いていないらしい。

同じ色合いの視線を受け続ける。

私は、焦った。

「すみません」

言葉につまり、私はテラス席の人々に、とにかく頭を下げた。

 

逃げるようにテラス席のある界隈から離れた。

羞恥心と自己嫌悪とで、私はもう気が狂いそうになっている。

何もかも、あの一升瓶を提げた中年男性のせいだ。

あいつがやって来なければ、こんな目には遭わずにすんだ。

「畜生…」

私は唇を噛んだ。

いつも、私ばかりが、酷い目に遭わされるのだ。

不公平だ。

この不公平に、いつも私は煮え湯をのまされている。

「畜生!」

誰も周囲にいないのを確かめてから、私は大声をあげた。

 

私は歩いている。

手には酒の一升瓶を手にしている。

どこでその一升瓶を手に入れたか、その経緯については記憶にない。

ともかく私は酒を口にして、いい気持ちで歩いていた。

端から見れば、千鳥足というやつだろう。

しかし、そんな幸せも長くは続かない。

いい気持ちで歩いている私を、道の端から、冷ややかな目で見ている人物がいる。

熱い頭を振りながら、私は視線の流れてくる方を見た。

若い女性が、道の端に立っている。

私はこちらを見る彼女の双眸に、視線を据えた。

「何見てるんだい」

おぼつかない舌で、私は相手を脅しにかかった。

「見てません」

女性は冷ややかな声で返した。

「見てたじゃん」

「いや、見てません」

「見せもんじゃないぞ」

「見てないって言ってるだろ、ブタ」

口の悪い女性だ。

私は、驚いた。

「人をしげしげ見たうえ、ブタよばわりかね」

「お前みたいにいやらしく絡んでくる男たちは、みんなブタだよ」

女性は、吐き捨てるような調子で返した。

しかしその調子に、若干の甘えがある。

私は、考えた。

彼女も、つらい過去を抱えているのかもしれない。

そんな他人の古傷をえぐるような真似は、私は避けたかった。

なぜって、私も古傷を持つ身であるので。

何か、彼女に親しみを覚える。

彼女を刺激しないでいたかった。

「では、ブタは去ることにしよう」

私はかろうじて、そう口にした。

「うるせえ、わかってるなら黙ってあっちに行けよ」

女性は低い声で返してくる。

めぐり合わせの不運を呪いながら、ブタと呼ばれた私は彼女の脇を抜けて、道の向こうへ。

もう飲むしかない。

手にした一升瓶の中身を時折口に運びながら、私は道を進んだ。

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