『割り切れない罵声』

考えごとをしながら歩いていると、ろくなことにならない。

「あああっ」

考えごとをしながら歩いていた菊江(きくえ)は、目前に迫った電柱にぶつかりそうになった。

とっさにかわしたが、片手に持っている中身のふくれたビニール袋が、電柱にぶつかった。

衝撃で、袋が破けて裂け目ができてしまう。

袋の中に入っていたじゃがいもたちが、裂け目からあふれて路上に飛び出していく。

「この大馬鹿たれ、何ということをやっておるんだ」

菊江の近くを通りかかった高齢の男性が、罵声を浴びせてくる。

「すみません」

思い思いの方向に転がっていくじゃがいもを追うのに必死の菊江は、怒鳴られてとっさに男性に謝った。

個々のじゃがいもを追って、何とか手元に集め直すのにしばらく時間がかかってしまった。

 

破れたビニール袋がもう使い物にならないので、菊江はじゃがいもを両腕に抱えて、歩いている。

むしゃくしゃしていた。

考えごとをしながら歩いていた自分に腹が立つ。

それとは別に、慌てて芋を集めている菊江に対して、どさくさにまぎれて怒鳴りつけていった男性にも腹が立っていた。

どうして迷惑をかけたわけでもないのに、見ず知らずの人間から怒鳴られなくてはならないのだろう。

じゃがいもが路上に転がったせいで彼の通行妨害をしたならともかく、そこまでの量ではない。

だいたい、その怒鳴りつけた男性はじゃがいもを拾い集めるのを手伝ってくれたわけでもなく、怒鳴るだけ怒鳴って通り過ぎていった。

菊江は怒鳴られ損、謝り損だ。

ああもう、むしゃくしゃする、と思いながら彼女は歩いている。

じゃがいもは、農協の直売所で「つかみどりひと袋200円」と安かったので、買ってきた。

ビニール袋に、直に入れられるだけ入れて、200円なのだ。

調子に乗ってビニール袋に芋をたくさん詰め込んだせいで、袋が伸び切って弱っていたのかもしれない。

じゃがいもを安く手に入れられたのはいいが、そのせいで芋が転がったり怒鳴られたり、これでは収支もトントンだ。

せめてこのじゃがいもたちで美味しい料理をつくろう、と思いながら菊江は自宅に向かった。

 

スーパーマーケット併設の売店で、ひとパック200円のたこ焼きをふたパック買った近所の主婦が、店の敷地内から路上に出て来た。

その足元すれすれを、一匹の黒猫が走って通り過ぎる。

「ああああっ」

突然の黒猫に驚いた主婦は、たこ焼きのパックが入ったビニール袋を放り出して、後ろに尻餅をついた。

袋は主婦の傍らの路上に落ち、その中から無残にも、丸々としたたこ焼きたちが転がり出てくる。

表面をかりかりに固く焼いてあったのが災いして、路上をころころと転がるのだ。

「このおっちょこちょいめ、何をやっておるんだ」

近くを通りがかった高齢の男性が、尻餅をついている主婦に罵声を浴びせた。

先に菊江を怒鳴りつけたのと、同じ人物である。

主婦は男性とはまったく面識がなかった。

彼女は唖然として男性を見た。

怒鳴った後に鼻を鳴らして、男性は去っていく。

彼の背中を黙って見送りながら、主婦は表情を曇らせている。

きっとあのおじいさんはたこ焼きを粗末にする人間が許せなかったのだ、と主婦は自分に言い聞かせた。

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