『手間のかかる長旅(103) 皆で郊外へ』
運転手の女性が運転席に戻った。
「お待たせいたしました」
車内に低音のアナウンス声が響いた。
時子(ときこ)たち一同、よく待っている。
時子の背後で、美々子(みみこ)が小さくうなずいている気配がある。
「如意輪寺方面行き、間もなく定刻発車いたします」
皆で勝手に待った気分になっていたものの、定刻通りなのだ。
バスは発車した。
駅前のバスターミナルから、如意輪寺方面へ。
運転手の、落ち着いたハンドル捌きだ。
朝方の街の風景を車窓に写して、バスは郊外に向かって行く。
時子たちが見慣れたビル街から住宅地の街並みへ。
この住宅がまばらになり、道路沿いには田畑が並び始める。
さらに進むと、この田畑の間に工場の建物が混じった。
工場地帯の中をバスは進む。
時子とアリスが来週から勤める工場の、最寄りバス停も通り過ぎた。
「こっち方面、こんな土地だったんだな」
窓の外を見て、美々子は独り言のように言った。
先日の時子と同じく、美々子もこちらの方角に来るのは初めてだったらしい。
「工場で働いてでもないと、こっち来ることってないよね」
珍しく、美々子の言葉に町子(まちこ)が合いの手を入れた。
街の子は、郊外に用が無い。
時子にとってはこれで二度目の、殺風景な車窓であった。
ただ面接に向かう途中だった前回とは違い、今回は皆で食事しに遠出なのだ。
時子の気持ちはおのずと弾んだ。
路線バスに乗って、郊外にドライブだ。
「この運転手さん、運転が上手ね」
ふいに、東優児(ひがしゆうじ)が感想を漏らした。
柔らかい声色だ。
以前、馴染みの喫茶店に彼を呼び出した際のことを時子は思い出した。
話し方も仕草も、優児のそれは洗練されている。
「バスの免許って取るのは大変なんでしょう?」
隣の美々子に声をかけている。
「知らんわ。誰でも取れるだろ、そんなの」
美々子は乱暴に答えた。
「嘘でしょう」
優児は笑う。
「美々子さん大型免許持っていた?」
「持ってなくたって運転ぐらい出来るんだよ」
美々子の大口だった。
ヨンミと優児の間で彼女はふんぞり返っている。
「私の方が運転上手い」
「美々ちゃん、あんまり大きい声出すと運転手のお姉さんに声が届くよ」
前の席から町子が低い声でたしなめた。
「別にいいよ、届いたところで」
美々子は悪びれもしなかった。
「運転代われって言われたら今すぐにでも代わってあげるわ」
平気な顔で続けた。
彼女の姿を目にして、時子は考えている。
もしかしたら美々子は、優児が女性運転手の運転を褒めたので、意地になっているのかもしれない。
彼女のこういうところは可愛い、と時子は思った。
「時子、何がおかしいの」
後ろの席から美々子は目ざとく指摘した。
無意識に、笑みを浮かべていたらしい。
時子は慌てて両手で顔を覆い、くしゃみをする振りをしてごまかした。
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