言い訳の東京旅行一日目(5)。浜離宮庭園散策。潮入の池と江戸湾の風情
鴨場とは別に、庭園がやっぱり綺麗なんですね。
東京湾から海水を引き入れている「潮入の池」です。
潮入の池には「中島」と「小の宇島」の二つの島が浮かんでいて、池の岸から岸へ渡してある「お伝い橋」が、二つの島の上を通るようになっています。
橋の上に設けられた藤棚の下をくぐる造りになっています。
藤の花が咲く頃には素晴らしい色と香りが楽しめるんでしょう。
中島の上には御茶屋があります。
東屋のような簡素なものではなく、立派な日本家屋です。
中島の御茶屋以外にも、潮入の池の周囲には三つの御茶屋があります。
江戸時代に建てられた実際の建物は戦災等で焼失してしまったのですが、現代になってから史料をもとに一軒一軒復元されてきたものなのです。
この「鷹の御茶屋」は今年復元されたばかりだそうですよ。
真新しいぴっかぴかの徳川将軍向け建築ですね。
将軍が鷹狩りの際の休憩所として使っていた御茶屋だそうです。
鷹の御茶屋内部には素敵なお座敷部分まであって、昼寝がしたくなりました。
でも「お手は触れないでください」と注意書きがあるので昼寝どころか座るのも駄目です。
観賞用のお座敷です。
鷹の御茶屋の裏手には「濱見世 KIOSK」の案内板が立っています。
イラストの、将軍らしい人物が手にしているペットボトルには、「お~いしいお茶」と書いてあります。
案内板によればこの先に「濱見世 KIOSK」があるらしいのですが、雑木林の中に誘い込まれているようにしか思えません。
罠の予感がしたので、「濱見世 KIOSK」にたどり着く前に引き返しました。
君子危うきに近寄らずといいます。
鷹狩りの鴨にされてはたまりません。
これも池のほとりの「松の御茶屋」です。
夏場だったらいっそ住んでもいいと思えるぐらいしっかりした造りです。
先の新銭座鴨場と合わせて、もともとここが鷹狩り場だった痕跡をしっかり残しています。
広い敷地内が綺麗に整備されて、潮入の池があって美しい御茶屋も散財し、散策が楽しい庭園です。
でもかつて鴨場に集った水鳥たちの末路を想像すると、散策の最中によからぬ胸騒ぎを覚えます。
浜離宮庭園は間違いなく東京でも指折りの名所、かつ複雑な成り立ちの場所です。
遠くに東京タワーを見つけて喜びました。
一角に築山があります。
富士山ではなくて富士見山です。
この山を登れば富士山が拝めるのでしょうか?
天気が良くないこともあって、富士山はみつかりませんでした。
晴れだったらここから富士山が見えるのかも?
今日は富士山が見えなくて残念です。
ただ明日からは晴れるという情報をつかんでいます。
今日一日はこの曇天の下で東京散策しましょう。
せっかく海辺の庭園に来たので海岸が見たいですね、やっぱり。
かつては水平線の向こうまで続く江戸湾の海原を眺めることができた海岸です。
今はすぐ先に埋め立て地が広がっていて、海辺の風情はそこそこですね。
ちなみに対岸は月島とつながる中央区勝どきの埋め立て島です。
この海岸沿いにも「海手茶屋」という御茶屋があったのですけれど、ここはまだ復元されていません。
6代将軍徳川家宣(とくがわいえのぶ)が、海での舟遊びと漁師達の漁の様子を眺めるために建てた御茶屋だそうです。
家宣公はいい趣味してたんですね。
海手茶屋もいずれは復元される?んですかね。
海手茶屋は復元されていませんがその代わりなのか、跡地のすぐ傍らに、真新しい綺麗なベンチが設けてあります。
大きくて、センスのいい木製のベンチです。
雨はぽつぽつ降ってますがここに腰掛けて、海を眺めます。
かつての江戸湾の風景を想像しました。
舟遊び?はいいですね。
現代の鴨は鷹に追われなくて何より。
水鳥が泳ぐのを眺めているだけでも、気持ちが和らいでいいものです。
散策再開です。
海辺の散策路がわりと起伏に富んでいて、刺激がありますね。
高台から南を見るとレインボーブリッジも拝めます。
ただ、気持ち遠いですね。
灯台跡なんかもあります。
どういう灯台だったのかは説明がありませんでした。
江戸時代の灯台だとは考えにくいので、少なくとも近代以降のものでしょうね。
ざっくりした礎石だけが残っていて、ここにどういう灯台が立っていたのか、ちょっと想像がつきません。
なんとなく、昔の浅草十二階のような建築を想像してみることにしました。
礎石の間隔からすると、あんまり大きな灯台ではなかったんでしょうけれども。
東京湾の海辺の各地に寄港する東京クルーズで、地上の入口を通らずとも浜離宮庭園に入れてしまうのですね。
当然、乗船料金と入園料とがそれぞれかかります。
陸地を通らず海から船でやって来れる庭園だなんて、素敵ですね。
水上バス発着場から、梅林の脇を通って出入口に向かいます。
雨足が強くなってきて、少し焦ります。
このまま振り続けられたら散策も厳しいですね。
木陰で雨宿りする猫がいました。
余計なお世話かもしれませんが、太り気味でした。
後ろ足で器用に背中を掻いたりして、のんきな様子です。
浜離宮庭園在住の猫ですね。
こういう緑の中を歩くのは悪くありませんね。
お花畑の中ほどに植えられたアロエだかリュウゼツランだかがいやに大きくて、ちょっとおっかない気持ちになりました。
心がかき乱されます。
と言いつつ、写真はちゃっかり撮ってきたわけですが。
出入口のそばにある「三百年の松」です。
庭園が大きく改修されて「浜御殿」となった、徳川家宣の時代に植えられた松の木です。
三百年経っていまだ元気に茂っているんですね。
枝があまりに大きく成長しているので、方々で支柱に支えられています。
浜御殿の歴史を生きてきた松です。
お城並みの立派な大手門から庭園の外に出てきました。
この大手門の界隈は汐留の地です。
首都高の汐留JCTもあります。
浜離宮庭園を散策し終えたら次の目的地に移動する予定だったのですが、庭園のすぐお隣が築地なのですね。
築地市場が豊洲に移った今、築地市場跡はどうなっているのか、せっかくだから見て行こうと思いました。
築地は今までに何度か観光していて、懐かしさもあります。
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言い訳の東京旅行一日目(4)。浜離宮庭園の新銭座鴨場。徳川家愛好、鷹狩りの名残り
東京は竹芝ふ頭があったりお台場があったり、都会のすぐ近くに港と海があるのが素敵ですね。
都立竹芝ふ頭公園から少し歩いて、浜離宮庭園に来ました。
東側は東京湾、北側は築地川、南側は汐留川、西側は水路。
四方を水の流れに囲まれた、広大な敷地を持つ浜離宮庭園です。
もともと徳川将軍家の鷹狩り場だったのを、承応3年(1654年)に徳川4代将軍の弟の松平綱重(まつだいらつなしげ)が別邸を建て、後にこの別邸が将軍家の別邸として使われるようになったのを機に「浜御殿」と呼ばれるようになったそうです。
明治維新後には皇室の離宮となって名称は「浜離宮」に転じます。
そして戦後皇室から東京都に下賜されて、浜離宮庭園として一般公開されるようになったのですね。
入口で入園料300円を支払い、中に入ってきました。
去年入った新宿御苑を思い出しました。
時々小雨が降るせいか、地面がぬかるんでいる箇所が多々あります。
森の中に、得体の知れない木造施設があるんですよ。
「小覗(このぞき)」っていうらしいんですけど。
小覗の覗き窓の向こうに水路らしいものが見えます。
覗き窓の横には木の板と木槌が用意されています。
小覗の中から見えていたこの水路、「引掘(ひきぼり)」と言うそうです。
そして小覗、引堀等のあるこの施設全体を「鴨場(かもば)」と言います。
鴨場というのは、つまりは鷹狩りのための施設なんです。
大名家の別荘地等は、この鴨場を併設していること多かったそうです。
特に歴代の徳川将軍は、初代の徳川家康以来、鷹狩りを愛好してきました。
浜離宮庭園には新銭座鴨場と庚申堂鴨場の二ヶ所の鴨場があって、今私がいるのは新銭座鴨場の方です。
浜離宮庭園は、もともとは将軍家の鷹狩りのために整備された場所だったのですね。
鴨場の仕組みを簡単に説明しますね。
両側を土手に挟まれた水路、引堀の先には「元溜り」という池があって、そこに飼いならされたアヒルが放されているのです。
このアヒルは囮です。
アヒルがいることに安心して、野生の鴨など水鳥も元溜りに集まってきます。
鷹狩りの際、小覗きで鷹匠が木の板を叩いて音を鳴らしながら、引掘に餌を撒きます。
アヒルが集まるのに釣られて、水鳥たちも狭い引掘の間にやってきます。
引堀の両側にある高い「小土手」の上には鷹を連れた鷹匠たちがそれぞれの配置で待ち構えています。
小土手が視界をふさぐので、泳いでいる水鳥の群れは待ち構える鷹匠たちに気付きません。
水鳥の群れが引掘に充分引き付けられたその頃合を狙って、小覗にいる鷹匠が引堀の鷹匠たちに合図します。
その合図で一斉に鷹を放して、水鳥たちを襲わせるのです。
水鳥を逃すと逃げた水鳥はこの鴨場の元溜りが罠であると他の水鳥に知らせてしまうので、一匹残らず鷹に仕留めさせたといいます。
徳川家康が鷹狩りを愛好したということは私も聞いたことがあったのですが、鷹狩りの実際はよく知りませんでした。
鴨場での鷹狩り、現代人の感覚からすると、水鳥を騙し討ちにするかなり残虐な催しです。
騙し合い、殺し合いの戦を生業とした血生臭い武家の風習が、平和な江戸時代にかろうじて水鳥を対象とした遊猟という形で残ったといいますか。
鷹匠を配置して、一瞬の機を逃さずに鷹を放つやり方など、戦の兵の用法に共通するところがあるように見えますね。
武家の棟梁として君臨する徳川家だけに、伝統的な一種の軍事訓練としても、鷹狩りを欠かすことができなかったのでしょうね。
元溜りも見てみましたが、アヒルが飼われていないせいか、水鳥もいません。
この大きな池そのものが水鳥の命を奪うためにこしらえられた罠だと考えると、見ていてちょっと具合が悪くなりそうです。
綺麗な池ですのにね。
「大覗」といって、元溜りを上から見下ろして水鳥の集まり具合からどの引掘で鷹狩りを行うか確認する場所です。
ひとつの元溜りに、いくつもの引掘と小覗がつながっているんです。
小覗を引堀側から見るとこういう具合です。
小覗から竹の筒が引堀に繋がっていて、その筒を通して穀類からなる餌を投入できるようになっています。
何かと大掛かりな施設なんですよね。
こんな大掛かりな施設までこしらえて・・・。
水鳥たちを騙して一網打尽にする鷹狩りはエグイ。
でも正直なところを言うと、鷹たちが飛び立った水鳥たちを追い空中で仕留めていく光景、圧巻だろうな、とも思えて。
見てみたい気持ちもあるのでした。
鷹を自在に操る鷹匠の技術にも興味があります。
監視小屋風の小覗があります。
これはむしろこっちが覗かれていそうな覗き窓群ですが。
水鳥がいないので今日の鷹狩りは中止です。
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言い訳の東京旅行一日目(3)。浜離宮庭園への道すがら。都立竹芝ふ頭公園は穴場
JR浜松町駅の近くまで歩いてきました。
歩道橋に登って、駅のホームを眺めています。
元来た増上寺の方角も眺めます。
遠くに増上寺の三解脱門と本堂の屋根が見えています。
だいぶ歩きましたね。
東京タワーはビルに隠れてしまって見えません。
歩道橋から駅の東側に降りました。
首都高の迂回路か何か出来るのかもしれません。
旧芝離宮恩賜公園には入ったことがないので入ってみてもいいのですが、北に少し行った海沿いに、旧芝離宮恩賜公園よりも大きな浜離宮庭園があります。
浜離宮庭園にも入ったことがありません。
どうせなら浜離宮の方に行ってみようか、と思いました。
浜離宮に行く前に、遠回りして東の臨海部へ。
都立竹芝ふ頭公園です。
竹芝ふ頭は、行政上は東京都に属する伊豆諸島、小笠原諸島と東京都港区とを結ぶ東京本土の玄関口です。
ちょっと見物していきましょう。
入口右手にはモアイらしい石像の顔が出迎えています。
南国のイメージを醸す目的で設置されたものと思われます。
左手には女性らしいモアイも出迎えています。
伊豆諸島と小笠原諸島の島民の方々が利用する竹芝ふ頭、「なんでモアイ?」という声が出ないのか不思議ではあります。
島民の方々も細かいことにはつっこまないでやり過ごしているのでしょう。
広場には帆船のマストが立っています。
かつての島嶼部への連絡船から持ってきたものなのでしょうか。
わかりません。
乗船口は閉じられています。
ふ頭にはコンテナが積まれてあります。
農協の八丈島支店の銘が入ったコンテナもあります。
八丈島の農産物も、東京の食生活を支えているのですね。
八丈島と言えば、安土桃山時代に中国地方の大名だった、宇喜多秀家(うきたひでいえ)を連想します。
彼は関ヶ原の戦で西軍の主力として大軍を率いて戦いますが、敗れて逃走生活の後、八丈島に流されました。
以後、本土に戻ることなく島で一生を終えています。
八丈島には今でも、宇喜多姓または浮田姓を名乗る人たちが多いと聞きます。
宇喜多秀家の子孫にあたる人たちも、きっと竹芝ふ頭を通って東京本土に来ているのでしょう。
乗船口のあるフロアの上階にはレインボーブリッジを眺められるプロムナードもあって、ここから見るお台場方面の夜景もきっと綺麗だと思います。
穴場のデートスポットかもしれません。
都立竹芝ふ頭公園でした。
引き続き浜離宮庭園に向けて歩きます。
言い訳の東京旅行一日目(2)。東京タワーと増上寺。三解脱門から出た
これまでは旅の予定はあんまり詰めず、現地で気ままに散策の順路を決める、ぐらいの緩い旅をしていました。
ただその結果訪ねたい飲食店だとか施設だとかが定休日で入れない、またお店の場所自体がよくわからなくて見つけられなかった、などの失敗が多いのです。
MicrosoftのWordで行程表をつくってプリントアウトしています。
そして立ち寄る飲食店、施設などの定休日と営業時間と場所など明記したリストをExcelでつくり、これもプリントアウトして持って来ています。
ひとつの場所で散策を終えたら、これらのプリントアウトを確認すれば次に行くべき場所がわかるのです。
ガジェット類に詳しい人ならスマホか何か端末にそういうスケジュール表的なものを入れるのでしょうけれど。
私はそういうものにいまいち疎いので、今回は端末ではなく紙頼みにしています。
ラーメン二郎での食事を済ませた後、件のプリントアウト群を確認しました。
芝公園界隈を散策して、その後は新宿区の高田馬場に向かう予定になっていました。
食後でとても苦しいので、芝公園界隈散策の時間を多めにとろうかと思います。
慶應義塾大学脇の網坂を上り、北に行きます。
坂道の左側は網町三井倶楽部の敷地、右側は駐日イタリア大使館の敷地です。
駐日イタリア大使館の敷地内には「大石主税切腹の池」があるらしいのですが、一般公開されていないので見に行くことはできません。
もともとは伊予松山藩の中屋敷で、赤穂浪士による吉良義央(きらよしなか)邸の討ち入りの後、大石主税を含む10人の浪士たちが身柄を預けられていました。
最終的に彼らは切腹に追い込まれたのです。
その現場である屋敷跡が松方正義(まつかたまさよし)公爵邸を経てイタリア大使館の敷地となったわけであります。
実は今回の東京の旅、自分で設定したテーマのひとつに「忠臣蔵の舞台を巡る」ことがあります。
忠臣蔵、赤穂浪士関連の史跡にはできるだけ立ち寄りたいと思っているのです。
それにしてもイタリア大使館のイタリアの偉い人たち、職場の敷地内に赤穂浪士が切腹した場所があるってこと、どう思っておられるのか気になります。
網坂を上りきった突き当たりに、旧社会保険庁の豪勢な建物でした。
東京都港区芝。
日本のお金が集まってくる界隈なんですね、この辺り。
旧社会保険庁前で右手に曲がり、東の三田通りまで坂道を下ります。
上ったり下ったり。
坂道の多い東京の街を歩く醍醐味であります。
三田一丁目の交差点に出るともう近くに東京タワーの姿が現れて、興奮しました。
昔何度か近くまで見に行っていて、一度は展望台まで上り東京の夜景を眺めたこともあります。
東京タワーの姿を拝む度に感動があります。
いくつになっても田舎者です。
今までは北の新橋もしくは西の六本木方面から見に来ていたので、今回のこの南側から見る東京タワーの風景は初めてです。
東京スカイツリーが出現した現在も、東京タワーの威容はいささかも衰えていません。
せっかく来たので、近くまで寄ります。
東京旅行に来ている、という実感が湧いてきます。
ここ数年で釜山、香港、台北、上海、ソウルと外国の大都市群を旅行する機会に恵まれました。
もちろん海外の大都市を訪ねて、刺激は多かったのです。
ただ私の場合、東京に来たときの気持ちの盛り上がり具合は外国大都市でのそれを上回ります。
やはり、東京旅行が好きなんですね。
このアーチの具合も絶妙。
東京タワー北側を通る東京タワー通り沿いに、小さな寺院がありました。
臨済宗の金地禅院です。
徳川家康のブレーンだった僧侶、金地院崇伝(こんちいんすうでん)を連想したのですが、現地の案内板には特に説明はありませんでした。
後でネットで調べてみると、やはり崇伝が創建して住職を務めていたということでした。
東京タワー西側に隣接する大寺院、増上寺にお参りしていきます。
これまで増上寺は門前を通りながら、お参りしたことはなかったのでした。
室町時代初期に、現在の千代田区紀尾井町辺りに浄土宗の道場として開かれた増上寺。
安土桃山時代になって徳川家康の帰依を受け、後に当地に移転しました。
徳川家の菩提寺であります。
本堂にお参りいたしました。
折り良く徳川将軍家墓所公開ということで、見学させていただくことにしました。
墓所には二代将軍の徳川秀忠(とくがわひでただ)公を始め六人の将軍と、二人の将軍正室が眠っています。
拝観冥加料として500円納めました。
墓所は真鍮製の立派な門に守られているのです。
この脇の通用口を通って見学してきました。
霊廟の内壁に沿って宝塔が並んでいます。
元々は徳川家の霊廟は広い敷地内に多くの建物があったそうなのですが、太平洋戦争時の空襲で建物は半ば焼失し、敷地が縮小されて宝塔も移築されたようです。
元は増上寺北側の東京プリンスホテルの敷地も徳川家の霊廟があったところでした。
東京プリンスホテルに一晩泊まってみたくなりました。
「三解脱門」と言う増上寺正門から出て参りました。
江戸幕府大工頭の中井大和守正清による建築だそうです。
三解脱とは三つの煩悩(貪欲、怒り、愚痴)からの解放を意味するもの。
今回の旅で、私も三つの煩悩から解脱することができればよいのですが。
今は満腹なので、とりあえず貪欲からは無縁の境地にいます。
三解脱門からまっすぐ東へ、芝大門を通って進んでいきます。
このまま山手線の浜松町方面まで行くのです。
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言い訳の東京旅行一日目(1)。慶應義塾大学のお膝元に三田本店、ラーメン二郎の洗礼
旅そのものを満喫する、ということが難しい性格なのです。
「旅は未来の自分への投資でもある」だとか「ブログ、創作のためのネタ集め」だとか。
理屈をつけて「旅行による利益」を求めてしまうのです。
貧乏性の故なのですね。
また他人様から「旅行ばかりしてる」と批判的な目を向けられたときの言い訳でもあります。
娯楽のための旅ではなく実利のための旅だと装っておけば、追及を免れるような。
他人の目なんか気にしなければいいのです。
ただあんまり開き直れていません。
そんなわけで実質娯楽一辺倒の旅でありながら、何かと言い訳を容易するのが常です。
端から見れば「いちいち理屈をつけて面倒くさい旅行記だな」という感想は持たれると思います。
今回もそんな旅です。
JR新大阪駅にやってきました。
新大阪駅と言うと、大阪の新幹線の搭乗駅として著名です。
私も新幹線に乗りに来たわけです。
新幹線に乗って旅行だなんて、何年ぶりでしょうか。
10年近くになると思います。
のぞみの指定席を事前に押さえてあります。
のぞみは速くて、指定席に座れば快適な旅が楽しめます。
のぞみの車内に慣れると、LCCの窮屈な座席にはもう座れそうにありません。
窓際でしたので、窓越しに富士山を撮影することができました。
撮影地点は田子浦の辺りで、街の向こうに富士山が構えていて、素晴らしい風景でした。
新大阪駅から二時間半ばかり、東京の品川駅で新幹線を降りてきました。
去年の10月に東京旅行を敢行した結果多大な刺激を受けることができたので、また自分への言い訳をこしらえながら東京にやってきたのです。
今回は品川駅を中心に、各地の観光をするつもりでおります。
品川駅のひとつ北にあるJR田町駅で降りてきました。
ちょうど通勤時間の山手線に乗り、ひと駅だけでも満員電車に揺られ、気持ちが萎縮してしまいました。
あのすし詰め具合は大阪の環状線の比ではないな、と思います。
慶應義塾大学のお膝元、田町。
JR田町駅と、地下鉄の都営浅草線三田駅とが併走しております。
目の前の大通りの下を都営浅草線が走っているわけです。
三田二丁目の交差点を経由して、慶応義塾大学方面に向かいます。
キャンパスは高台の上にあるのですね。
まあ私は慶應義塾大学に用があるわけではないので、門前を素通りします。
大学の門の前を少し通り過ぎたところに、有名なお店があるのですよ。
ラーメン二郎三田本店なのでした。
全ての二郎系ラーメンの原点にあたるお店なのですね。
朝から営業しているラーメン二郎三田本店。
店の前に行列が出来ているのが常のことらしいのですが、見たところ今日はまだ誰も並んでいない様子。
幸先がいいです。
ラーメン二郎をいただくために、早朝に朝食をごく軽めに食べてきています。
これからガツンとブランチをいただくわけです。
横断歩道を渡って、三田本店に近づきます。
薄いケーキのような三角形の店舗です。
店舗前の飲料自販機には、消化を助ける?黒烏龍茶が並んでおります。
店内の食券自販機で食券を買い、並ばずに済んだのでそのままカウンタ席の椅子に腰掛けました。
カウンタの上に食券を置きます。
とても狭い店内です。
カウンター内には従業員の人たち、そしてラーメン二郎のファンから「総帥」と呼ばれている創業者の男性の姿がありました。
このお店の人たちのたたずまい、そしてラーメンを待つ常連客?たちの醸し出す空気に、私は半ば気圧されています。
ややあって「野菜ニンニク入れますか」の呼びかけがあり、私は「ニンニク少な目」を注文しました。
マシマシでも何でもない、ニンニク少な目です。
これまで大阪の二郎系の店に入り、ニンニク少な目なら完食できているのです。
ラーメン、一杯わずか600円です。
出されたラーメンはひと目でわかるほど量があって、躊躇しました。
「三田本店の量は多くない」なんてネット情報もあったので、そんなに心配していなかったのですが…。
食べ始めて、気付きました。
えらい量です。
二郎系ではチャーシューを先に食べてしまうのが完食のコツです。
冷蔵庫から出してきてすぐスライスしたばかりのような冷たくごついチャーシュー。
熱いスープに浸すようにして温めながら、食べました。
塩辛いチャーシューです。
盛られたもやしを主とする大量の野菜も、スープにつけるようにしながら食べていきます。
野菜とチャーシューを片付けるまでは、以外とすんなりいきました、空腹ではあったので。
しかしそれからが苦しかったのです。
麺と格闘し続けながら、くじけそうになりました。
スープの水面下に眠っている極太の麺の量が膨大です。
美味しい、なんて感想を言っている余裕がありません。
いや、空腹だった最初のうちはちゃんと美味しく感じたのです。
しかしそれはわずかな間のことでした。
「これ以上の炭水化物は毒!」と体から拒否反応が出ているのをはっきりと感じます。
もう残してしまおうか、途中何度も自問しながら、それでも完食。
スープも頑張って飲み干そうとしたのです。
ニンニクと脂の溶けた醤油風味のスープ、塩分がとてもキツイです。
最後は体がどうしても受け付けず、器の底の方に残す結果に終わりました。
体の内部が麺で詰まっているような感触に苦しみながら、かろうじて店外に出てきました。
とにかく苦しいです。
今食べた分を果たして何時間で消化できるのだろうか、と消化のことばかり考えてしまいます。
喉元ぎりぎりまで食べ物を収容しているような感覚すらあって。
このまま東京の街を歩いていて何か粗相をしてしまわないか、心配です。
ラーメン二郎の原点を知って、それなりの満足感はあります。
ただこの苦しんでいる時点での率直な食後の感想を述べさせていただくと、「食べなければよかった」ということになります。
安くておなかがいっぱいになるラーメン二郎。
お金のない学生たちの味方。
でも、おなかを一杯にした結果こんなに苦しい思いをするとは。
そう言えば他のお客で「麺半分」と注文していた人たちがいました。
ラーメン二郎を一杯のラーメンとして美味しくいただくつもりなら、私も麺半分にするべきでした。
初日の朝から東京旅行も何も、娯楽気分が頭から全部吹っ飛んでしまいました。
娯楽どころか、大食の責め苦を受けに東京に来たかのようです。
言い訳も出ません。
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今日の即席麺この一杯。부대찌개라면(プデチゲラミョン、プデチゲラーメン)
久しぶりに大阪市島之内の韓国スーパーマーケット、「ひろば」に買い物に行ってきました。
しばらく来店しない間に韓国即席麺でも私が食べたことのない製品が増えていました。
夏の韓国旅行の際にも現地で韓国即席麺を買ってくるのを忘れていて、長い間、韓国即席麺と言えば辛ラーメンぐらいしか食べていなかったのですね。
せっかくだからいろいろ買って帰ってきました。
今日いただきました一杯は、下記の通り。
「부대찌개라면(プデチゲラミョン、プデチゲラーメン)」です。
오뚜기(オットギ)の製品です。
パッケージのデザインが素晴らしいですね。
以前に農心の発売している「보글보글 부대찌개면(ポグルポグルプデチゲミョン、プデチゲ麺)」の記事でも紹介しましたが、一時期、プデチゲ味の即席麺が韓国で流行していたのですね。
プデチゲ(部隊チゲ)は韓国北部の軍隊の街、議政府(ウィジョンプ)の名物料理です。
오뚜기(オットギ)の製品には何となくの好印象を持っていますので、今回の一杯も楽しみです。
麺はウェーブがかっていますが、わりと細めみたいです。
小袋3種。
분말스프(プンマルスプ、粉末スープ)。
건더기스프(コンドギスプ、具スープ)。
そして별첨스프(ピョルチョムスプ、別添スープ)ですね。
作り方の確認しました。
鍋に水500ミリリットルと건더기스프を入れて沸騰させます。
沸騰したら麺と분말스프を投じて、4分間煮込みましょう。
火を止めて、별첨스프を加えて混ぜれば出来上がりです。
この별첨스프が、コチュジャン的な見た目のペースト状のスープになっていました。
건더기스프にハムが入っていますので、沸騰させるときからもうハムの香りがしていたんですね。
農心の보글보글 부대찌개면も同様でした。
プデチゲ即席麺のポイントにハム感を出すことがあるのでしょう。
具はハムが数枚、ネギ他野菜類、キムチ等です。
スープの味は甘辛でコクがあります。
辛さはそこそこです。
麺は細かくウェーブがかかって、柔らかいながら食感はありますね。
パンチの効いた味わいを期待すると少し物足りないかもしれません。
ただ甘辛スープの味のバランスがよく、韓国即席麺の辛さに慣れていない人にでも食べやすい一品かも、と思います。
後味もよろしいです。
ごちそうさまでした。
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週末の二郎系食べ歩き。大阪市内のお店
しばらく前から「ラーメン二郎」のラーメンが食べたいと思ってましてね。
ラーメン二郎の名は、ラーメンの食べ歩きに興味のある方ならご存知かと思います。
ご存知ない方のためにざっくり紹介します。
東京都港区の三田に本店を置く、ラーメン二郎です。
ここのラーメンが、本当に独特なのですね。
うどんのような極太の麺に大きなチャーシュー。
モヤシ、ニンニク、そして背脂といったトッピングの量を自由に注文できます。
提供される麺にチャーシュー、トッピングの量がとても多く、あえて量を少なくしてもらわないと、食が細い人にはなかなか食べきれないのも特徴です。
慶應義塾大学の門前に本店はあって、慶應の学生さんを中心に親しまれてきました。
今ではその三田本店から暖簾分けした店舗が東京を中心に多数展開しています。
現在のところ大阪にはラーメン二郎の店舗は無いのですけれど、「二郎系」と呼ばれるラーメン二郎の影響を受けたラーメン店は多数あるのです。
私も食が細い方ではあるのですけれど、興味が出始めると動かずにはいられません。
二郎系のお店に行ってみよう、となりました。
週末に、まず初二郎系のお店を求めて、大阪市内の日本橋でんでんタウン界隈に来ました。
この界隈に時々遊びに来るので、都合のいい立地であります。
用心深い私は前もって朝食を抜いて、空腹の状態をつくりあげています。
「ラーメン男塾」という二郎系のお店があるのです。
店舗の外に券売機がありまして、ここで食券を買って店内に入ります。
豚骨醤油味の「塾長ラーメン」780円にしました。
麺は小、並、大が選べます。
特大の場合200円追加支払いになります。
私は食べきれるか自信が無いので、並を選んでいます。
店内は狭く、カウンタ席のみ。
普通のラーメン店に比べて、何か荒っぽさを感じさせる内装でした。
先客はそこそこ入っています。
私の来店時、店員さんは一人だけでした。
この店員さんが何と言うか、接客はちゃんとこなしつつも話し方が若干無骨な対応。
二郎系のお店では、荒削りな接客スタイルが一般的だと聞きます。
食券を渡す際に、トッピングの増量如何を告げます。
野菜、背脂、ニンニクが無料で増量できます。
前述の通り私はそれほど食べる方ではないので、トッピング量は増やさず、かえって「ニンニク少なめ」でお願いしました。
注文から数分ばかりで提供されました。
麺の量は並、トッピングも増やしていないのですが、結構量がありますね。
食べきれるだろうか、と不安になりながらさっそく箸を付けていきます。
麺は極太、豚骨醤油味のスープは塩気が強いです。
ニンニクが溶けたスープが美味しいです。
チャーシューは大きいのが二枚、お肉堅めのものと脂身多めで柔らかいものと、それぞれ違う食感と味わいになっていました。
ラーメン二郎とか二郎系の量の多いラーメンをたいらげるためには、まずチャーシューを早めに食べてしまうのがコツだとネット情報を得ています。
それに従い、チャーシューを早めにいただきます。
それから野菜、麺を順次たいらげました。
空腹だったこともあって、何とか完食できました。
食べ終わってみると、「野菜ぐらいは増量してもよかったかな…」と思ったのでした。
量の多いラーメンをたいらげる快感が、なんとなくわかったような気持ちです。
食べきれるか食べきれないか、そのぎりぎりの食欲の線を行きつ戻りつしながら食べ進んでいく綱渡り感覚。
その末に完食できると、爽快感を感じられるのですね。
二郎系、いいかもしれない。
ラーメン男塾ではラーメンを注文すれば締めの「かゆめし」が無料でついてきます。
塩気の薄い、魚粉のだしを利かせたおかゆなのです。
いい香りで優しい味わいでした。
もし塩分が欲しければ、ここに余ったラーメンのスープを足すとちょうどいいですね。
旨かった。
何かヤクザ映画を見終わった後の観客のように気が大きくなって、肩で風を切って店の外に出ました。
アホです。
二郎系の空気にまんまと乗せられました。
さらに後の週末。
この駅近くに二郎系のお店があるんです。
JRの高架沿いに、西に向かって歩いていきましょう。
尻無川の向こうに京セラドーム大阪が見える、駐輪場です。
この駐輪場の向かいに目的のお店があります。
「好麺(このめん)たまらん」です。
駅から少し歩いたところにある目立たない立地なのですが、人気店らしくお客さんが多かったです。
このお店の大きなポイントとして、「店の人がとても感じがいい」ということが挙げられます。
先に入ったお店も若干そんなところがありましたが、二郎系のお店というのは店員さんが強面といいますか、おっかない接客スタンスのところが一般的らしいのです。
なぜかはよくわかりませんが、二郎系のお店を切り盛りしていると自然とそうなってくるのかもしれません。
好麺たまらんのお店は現在はおそらく店主と思われる男性が一人で営業されているのですが、この方がにこやかで感じがよく、丁寧な接客なのです。
二郎系としてユニークでありますし、強面店員さんを恐れる私のような二郎系初心者には嬉しいことでもあります。
店内入口の券売機で「たまらんラーメン」850円の食券を買いました。
カウンタ席に座り、お店の方に食券を渡します。
今回も麺量は普通で、トッピングは「ニンニク少なめ」をお願いしています。
ラーメンを待つ間、カウンター内の厨房でお店の方がラーメンをこしらえる様子を眺めていました。
動作が丁寧で、細やかに立ち働いている様子がわかります。
見ていて気持ちがいいです。
一人で切り盛りされているので、お客が多いときにはラーメンが提供されるまで少し時間もかかります。
私のときは10分ほどでした。
二郎系の定番でした。
麺は極太。
モヤシたっぷり、煮卵も入っています。
チャーシューはとろとろで美味。
このチャーシューが一枚だけなので、もっと食べたい思いは残ります。
塩加減の絶妙なスープに背脂とニンニクが適量溶けて、おいしゅうございました。
今回も完食いたしました。
ラーメン二郎、二郎系店舗ではトッピングを「マシマシ」と言って大量に増量してもらうのが定番でもあって、何か大食漢でもなければ挑戦できないのかと思っていました。
ですが並の量に留めておけば、私ぐらいの普通の胃袋の人間でも完食は可能です。
それでも普通のラーメンの大盛りより量は多いので、空腹にして臨むことが必要であります。
食後は歩くなど運動して大量に摂取したカロリーを消費したいところですね。
今後も随時大阪市内の二郎系のお店を食べ歩きつつ、機会を見ては本場東京のラーメン二郎のお店にも行ってみたいと思います。
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