小説:手間のかかる長旅

『手間のかかる長旅(050) アリスの食欲は揺らぐ』

「お前たちは、瞬間移動を見たのに、よくケーキをぺろぺろ食えるね」 アリスは呆れた声をあげる。 ケーキを食べていた時子(ときこ)と町子(まちこ)は、二人とも同時に吹き出してしまい、とっさに口元を押さえていた。 「ぺろぺろって何よ、ぺろぺろって」…

『手間のかかる長旅(049) 肝心な瞬間は見えない』

カウンターの内側に戻る女性従業員を、時子(ときこ)は上半身をひねり、振り返って見ている。 件の従業員は、まるで瞬間移動するように、近づく気配を気取らせずに注文を取りに来る。 そう薄々思っていたところだった。 「瞬間移動の瞬間を見たの?」 上体…

『手間のかかる長旅(048) 勘に優れる友人の所見』

アリスは目を細めてカウンターの方に視線を送っている。 「怪しいと思ったが幽霊なら仕方ないにゃ」 口元でつぶやいた。 彼女がこの店を嫌ったらどうしよう、と時子(ときこ)は心配になる。 この店を知ってからまだ四日目だが、時子は居心地がいいのだ。 友…

『手間のかかる長旅(047) 寒がりの友人を連れて喫茶店へ』

しょうがを使った手作り弁当を食べたおかげで、体が温かくなってきた。 元気が出る。 時子(ときこ)は気分が良かった。 これから町子(まちこ)ともう一人の友人に会うことになっている。 今日は何にも心配することはない、と気楽にかまえた。 「寒いところ…

『手間のかかる長旅(046) 時子は外のベンチで一人食事する』

翌日の昼、時子(ときこ)は一人でいる。 公園のベンチに座っている。 北風が身に冷たい。 彼女の傍らに町子(まちこ)はいなかった。 町子は後ほど、美々子(みみこ)とは別のグループの友人の一人を連れて合流することになっている。 お昼には間に合わない…

『手間のかかる長旅(045) コーヒーのおかわりは気持ちを落ち着ける』

コーヒーをおかわりして、時子(ときこ)は落ち着いた。 町子(まちこ)もコーヒーをおかわりして飲んでいた。 食べ終わったモンブランの皿は、すでに片付けられている。 先ほど店の女性従業員が、二人が座るテーブル席に来たのだ。 彼女は空いた皿を下げな…

『手間のかかる長旅(044) 企み後の、良心の呵責』

町子(まちこ)は上目遣いに東優児(ひがしゆうじ)を見ている。 先ほどまでは、悪徳警官ばりの尋問ぶりだったのだ。 物を頼むときだけそういう態度かと内心、時子(ときこ)は町子に憤慨した。 だが時子も町子にそうした目で見られて頼られたときには嫌とは…

『手間のかかる長旅(043) 美々子の弱みを聞き出しにかかる』

美々子(みみこ)の交際相手は、東優児(ひがしゆうじ)だった。 それを優児から聞き出したはいいが、彼は泣き出していて、それ以上の追求は難しい。 美々子の弱みを聞き出す状況ではなさそうだ。 と、時子(ときこ)は思った。 「まさか、東さんが相手だっ…

『手間のかかる長旅(042) 世の中には意外なことが多い』

時子(ときこ)が優児(ゆうじ)の顔に視線を戻すと、彼は時子に目を合わせて困ったような笑みを顔に浮かべている。 恥ずかしくなって、時子は手を優児の手の上からのけた。 深い意味はなかった。 ただ、状況に飲まれたのだ。 優児にうがった見方をされたら…

『手間のかかる長旅(041) 耐える優児と、大胆になる時子』

町子(まちこ)は居住まいを正して、怖い顔になった。 「東さん、率直に言いますね」 向かい側の席の東優児(ひがしゆうじ)を見据えた。 「私、あなたにいろいろ聞かれてもブログに載せてる以上のことを答える気はありません。呼び出しておいて悪いですけど…

『手間のかかる長旅(040) 客人にいらだつ町子を観察する』

いろんな人がいるものだな、と時子(ときこ)は思った。 隣に座る東優児(ひがしゆうじ)を、横目でちらちらと見ている。 彼の同僚である美々子(みみこ)の交友関係を聞きだそうと、町子(まちこ)と二人で喫茶店に呼び出したのだ。 優児は、落ち着いた仕草…

『手間のかかる長旅(039) 美々子の同僚と喫茶店で会う二人』

東優児(ひがしゆうじ)は、背の高い男性だった。 ほっそりとした体格をしている。 顔立ちは整っている。 美男子、と言っていい風貌だ。 ただ異様なのは、彼は美々子(みみこ)とよく似た顔なのだった。 というのも、ファンデーションを地肌に厚く塗っていて…

『手間のかかる長旅(038) 約束を前に仲のいい、時子と町子』

モンブランの栗をフォーク先に突き刺したかと思ったら、素早く口の中に放り込む。 町子(まちこ)は目を閉じて、栗を舌の上で転がしている様子。 美味しそうだ、と時子(ときこ)は思った。 うらやましかった。 だが今日は出費を抑えたいので、時子はホット…

『手間のかかる長旅(037) 人間関係に巧みな町子』

待ち合わせの時間を前にして、時子(ときこ)と町子(まちこ)は例の喫茶店にいる。 美々子(みみこ)の同僚の一人と連絡を取ることに成功し、待ち合わせをしたのだ。 前日前々日と同じく、奥のテーブル席に二人は陣取った。 今日も、きびきびと立ち働く女性…

『手間のかかる長旅(036) スマートフォンで、急な展開』

時子(ときこ)と町子(まちこ)は歩道の隅に立っている。 町子は、スマートフォンの画面を見ながら、タッチパネルの操作をしている。 慣れきったFINEの操作を通して、美々子(みみこ)の同僚とやり取りをしているらしい。 時子は、電柱に寄りかかって町子を…

『手間のかかる長旅(035) 疎遠な人を頼りにする』

美々子(みみこ)の職場、ドラッグストアにいる彼女の同僚を狙う。 美々子の弱みを握るために、時子(ときこ)と町子(まちこ)がたどりついた結論がそれだった。 とは言っても時子は美々子と敵対することには消極的なので、ほとんど町子の主導なのだ。 「私…

『手間のかかる長旅(034) 陰謀の相談をする時子と町子』

「そういう界隈って、彼氏さんのこと?」 歩きながら、時子(ときこ)は町子(まちこ)に尋ねた。 「そうよ」 「美々子さんの彼氏さん界隈を探る?」 「そう」 時子は納得しかねた。 だいたい、美々子(みみこ)に男がいるのかどうかすら定かではない。 「じ…

『手間のかかる長旅(033) 理性的な町子の策謀』

化粧を直す時間がいる、と美々子(みみこ)が言うので、時子(ときこ)と町子(まちこ)は彼女を勤め先まで送っていくことにした。 警察署を後にして、美々子のドラッグストアの店舗前まで来た。 「時子、何かあったら私に連絡するんだよ」 美々子は時子の目…

『手間のかかる長旅(032) 警察署の食堂で食休み』

三人はいまだ、警察署の食堂にいる。 ようやく美々子(みみこ)はカツ丼定食を食べ終わった。 町子(まちこ)も時子(ときこ)も自分たちの食事を終えている。 食堂の壁にかかっている時計を見る限り、美々子の午後からの業務開始時間まで、まだ間がある。 …

『手間のかかる長旅(031) 美々子に執拗に迫る町子』

町子(まちこ)は美々子(みみこ)の顔色をうかがっている。 美々子は美々子で町子の視線を避けていた。 喧嘩と挑発は受けて立つ常の美々子からは考えられない態度だ。 横で見ていて、時子(ときこ)は気を揉んだ。 「美々ちゃん、私思いついた」 町子は美々…

『手間のかかる長旅(030) 強情な美々子の希望』

美々子(みみこ)が強いからと言って、旅行の目的地まで彼女の希望に合わせてしまうのはフェアではない。 ただ時子(ときこ)は今、自分のことで警察署員に食ってかかった美々子の義侠心に感じるところがあった。 「私と時ちゃんで、どうしても決まらないな…

『手間のかかる長旅(029) 警察署の食堂で話を切り出す町子』

時子(ときこ)はようやく自分の弁当にありつくことができた。 ランチジャーに仕込んできた手作りの弁当を、警察署食堂のテーブル上に広げている。 ほうれん草のおひたし。 うずらの煮卵。 市販のソーセージ。 そして、みそ汁である。 食堂で食事をとること…

『手間のかかる長旅(028) 警察署の食堂にて』

美々子(みみこ)はうなだれている。 「ごめんね、時子」 四角いテーブルを囲んで、時子(ときこ)、町子(まちこ)、美々子は簡素なビニール革の椅子に座っている。 警察署の最上階にある食堂に、三人はいる。 食堂内でも隅の、窓際のテーブルを選んで座っ…

『手間のかかる長旅(027) 同情的な警察署員』

話し終えた時子(ときこ)に、目の前の警察署員は驚きの目を向けていた。 「本当ですか」 若干疑いを持った声である。 ただ、それは仕方がないと時子は思う。 自分も土手で会った警官の態度にはいまだに納得できていないのだ。 時子は、おずおずとうなずいた…

『手間のかかる長旅(026) 警察署に乗り込む三人の女』

妙な成り行きである。 三人で東区警察署に来ている。 時子(ときこ)は嫌がったのだが、勇ましい美々子(みみこ)を足止めすることは彼女には出来なかった。 町子(まちこ)も多少は時子のために同調してくれたのだが、焼け石に水だ。 「美々ちゃん、やっぱ…

『手間のかかる長旅(025) 義侠心が強く喧嘩っ早い友人』

時子(ときこ)は体が震えた。 「私、警官に脅されたんだから」 言葉を絞り出した。 「でも、巡回中の警官だったんでしょう?そういう人は普段は派出所にいるんじゃない?警察署じゃなくて」 町子(まちこ)は冷静に受け答える。 「そんなのわからないよ。警…

『手間のかかる長旅(024) 交差点の案内板を見に行く』

町子(まちこ)はスマートフォンの画面を見ながら歩いている。 FINEというサービスを利用しているらしい。 時子(ときこ)は横から町子のスマートフォンの画面を盗み見た。 画面にメッセージがいくつも並んでいる。 「チャットみたいなもの?」 「ちょっと、…

『手間のかかる長旅(023) 公園で食事をとれない二人』

翌日、昼どきに時子(ときこ)と町子(まちこ)は落ち合った。 時子は弁当を用意している。 バッグの中に円筒状のランチジャーを忍ばせてある。 ステンレス製のジャーの中にご飯、おかず、スープの三つの容器が入っている。 おかずにたいしたものはつくって…

『手間のかかる長旅(022) 町子はスマートフォンの達人』

時子(ときこ)は妄想世界の中である。 町子(まちこ)は食事を咀嚼しながら、そんな時子の顔をしげしげと見ている。 「時ちゃん…」 時子は我に返った。 「うん?」 「何を妄想したの?」 表情を読まれたらしかった。 「え、別に何も妄想してないよ」 時子は…

『手間のかかる長旅(021) 脳裏のイタリアンマフィアたち』

友人たちをこの喫茶店に集めて、会合を開きたい。 時子(ときこ)は脳内に自由な妄想を広げている。 喫茶店での定期的な会合。 時子が連想したのは、イタリアのマフィアたちが週末に集まって催す、ランチ会である。 シチリア州はタオルミーナの、青々とした…