連載小説

『手間のかかる長旅(073) 町子は古墳が嫌らしい』

町子(まちこ)は、苦笑する。 「まあ、私はなんだかんだで何でもネタにできるから、何でもいいの。どこに行ってもいいの、時間つぶせるなら」 友人二人に、済ました顔を向けて、言った。 時子(ときこ)とヨンミは町子の顔を見ている。 「面白いネタは常に…

『手間のかかる長旅(072) 小さな候補地選び』

妙な雰囲気になったまま、四人は食事を終えて別れた。 ヨンミの分の支払いは、美々子(みみこ)が払った。 美々子には、午後からも仕事がある。 彼女の仕事が終わって帰宅するまで、ヨンミは時子(ときこ)と町子(まちこ)に同行することになった。 ヨンミ…

『手間のかかる長旅(071) むしろ時子のことが心配』

だいたい自分だって、生活に苦労している。 時子(ときこ)はそう思った。 ここしばらく、両親からのわずかな仕送りのほかには収入がないのだ。 自分だってヨンミと同じくらい状況は切羽つまっている。 先日はアリスにも心配された。 できることなら自分も働…

『手間のかかる長旅(070) 次の仕事を探しているヨンミ』

つらいのはヨンミなのだ。 下手な同情は無責任だ。 時子(ときこ)は慌てて、くしゃみをするふりをして、流れそうになった涙をごまかした。 「だからさあ、店も辞めたいし、しばらく休むってそいつに連絡したのよ。ヨンミは」 なにげなく時子から視線を外し…

『手間のかかる長旅(069) その店で働きたいヨンミ』

食事を終えた町子(まちこ)と美々子(みみこ)はコーヒーを追加注文した。 さらに、女性従業員は時子(ときこ)とヨンミにもコーヒーのおかわりをサービスしてくれた。 四人でコーヒーカップを前に、まったりしている。 「この店、静かだし、まったりできて…

『手間のかかる長旅(068) ハンバーグを食べた三人』

時子(ときこ)とヨンミはまったりコーヒーを飲んでいる。 その間、町子(まちこ)と美々子(みみこ)は配膳されたそれぞれの料理を食べている。 町子はスパゲッティペペロンチーノ、美々子はハンバーグランチだ。 二人とも、食欲旺盛なようだった。 午前中…

『手間のかかる長旅(067) ヨンミの進退』

例の女性従業員がテーブル横に瞬間移動してきた。 時子(ときこ)とヨンミの前に水のコップを置く。 美々子(みみこ)と二人でメニューを見ていたヨンミは、驚いて従業員を見た。 ヨンミに笑いかけて、従業員はカウンターの方に戻って行った。 ヨンミの顔つ…

『手間のかかる長旅(066) ヨンミと美々子の仲』

時子(ときこ)とヨンミ、二人で歩いて例の喫茶店にやってきた。 ヨンミは若干緊張している。 家出してきた訳を、町子(まちこ)と美々子(みみこ)に説明するのだ。 何かにつけ緩い町子はともかく、美々子は厳しいところがある。 当事者のヨンミでなく、時…

『手間のかかる長旅(065) ガムは苦手な時子』

おなかがいっぱいで動くのが辛かったが、そろそろ出かけないといけない。 ヨンミが身の回りのものをまとめて、持参したボストンバッグの中に片付けている。 その仕草を眺めながら、時子(ときこ)は歯磨きした。 先ほど二人で食べたキムチは美味しかったが、…

『手間のかかる長旅(064) おやつにご飯とキムチ』

結局ヨンミは時子の自室まで、購入した米袋総量10キロを運んでくれた。 ヨンミは小柄な女性で、特に力持ちにも見えなかった。 その彼女が自室までの短くはない道のりを、文句のひとつも言わず重い米袋を運ぶ姿に、時子は感銘を受けた。 もしかしたらヨンミな…

『手間のかかる長旅(063) 二人はお米で頭がいっぱい』

二人は朝食にトーストを何枚も食べて出てきたのだ。 だが古墳を見て、かまどとお釜とご飯とを連想した時子(ときこ)とヨンミは、それぞれご飯に心を奪われた。 前夜、夕食の際に十分なご飯を食べられなかったことが、心残りでもあった。 「なんか、ご飯食べ…

『手間のかかる長旅(062) 古墳とご飯』

坂道を登って雑木林を抜け、小さく開けた場所に出た。 時子(ときこ)とヨンミは、盛り上がった古墳の裾に立っていた。 「わりと大きいね」 時子は感心して声をあげた。 古墳は、土を持った円形の小山だった。 数メートルの高さがある。 小山の斜面の上部に…

『手間のかかる長旅(061) 住宅地にそんなものもある』

朝食後、時子(ときこ)はヨンミを案内して自宅の周辺を散歩することになった。 周辺は、何の変哲もない郊外の住宅地である。 特に見るものもないが、昼の待ち合わせまでかなり間があるので、軽く時間をつぶそうと時子は思ったのだ。 二人で部屋にいて、それ…

『手間のかかる長旅(060) 二人の朝食』

翌朝、部屋は冷え冷えとしている。 時子(ときこ)が目覚めたとき、彼女はヨンミと抱き合う格好になっていた。 寒かったので、お互い同じ寝具の中で丸まるうちに、抱き合っていたらしい。 人間二人で抱き合って寒さをしのぐ話を、登山小説か何かで読んだこと…

『手間のかかる長旅(059) 部屋にある寝具』

食事を済ませて、時子(ときこ)とヨンミは交代でシャワーを使った。 時子はパジャマに着替えた。 ヨンミはパジャマを持参しなかったらしく、シャワー前とは別のTシャツとジャージに着替えている。 その後の二人は、言葉が通じない以上特に話すこともなく、…

『手間のかかる長旅(058) 米不足の食卓 』

ヨンミを泊める一件をとりあえずメールで連絡した町子(まちこ)と美々子(みみこ)から、時間差を置いてそれぞれ返信が来た。 勤務先での休憩時間に入ったのだろう。 時子(ときこ)はそれらのメールを読んだ。 二人とも激励の言葉と、明日の昼に例の喫茶店…

『手間のかかる長旅(057) ヨンミがうらやましい時子』

時子(ときこ)は、友人のヨンミを部屋にあげている。 こうなった以上は、なんであれ今晩は彼女を泊めなければ、と時子は思った。 「まあ、とりあえずは今晩は泊めるよ」 畳の上に二人であぐらをかいて向かい合っている間に、時子はヨンミに言い渡した。 「…

『手間のかかる長旅(056) 甘すぎるお茶請けクッキー』

時子(ときこ)とヨンミは肩を並べて、自室の真ん中にあぐらをかいて座っている。 二人して、マグカップで入れたばかりの紅茶を飲んでいた。 目の前に、茶器類が載ったトレーを置いている。 トレーの上には、お茶請けのお菓子の紙箱もあった。 ドラッグスト…

『手間のかかる長旅(055) 思い余って二人で部屋に入る』

ヨンミは切実な目でこちらを見ている。 時子(ときこ)は戸惑った。 ヨンミの足元に落ちているボストンバッグから察するに、おそらく泊めて欲しいと言っているのだ。 どうしよう、と思った。 なにしろ意思疎通ができない。 「泊めて欲しいの?」 「ね」 ヨン…

『手間のかかる長旅(054) お金が欲しいままに自宅に戻る』

食事の後の、つかの間の雑談を終えた。 店を出た時子(ときこ)たち三人は、挨拶を交わしてその場で別れた。 それぞれ、午後からの予定に向かうのだ。 町子はアルバイト先、アリスは広告向けの撮影でスタジオに行くという話だった。 時子には、午後の予定は…

『手間のかかる長旅(053) お金の話はつらい時子』

「ごちそうさま」 食事を終えたアリスが、空になった食器類を前に手を合わせている。 こういう作法も誰か教えた人がいるのに違いない。 時子(ときこ)はぼんやりとアリスを見ている。 カップに残っていたコーヒーを口にした。 町子(まちこ)もアリスの隣で…

『手間のかかる長旅(052) 恐山は日本の聖地』

時子(ときこ)も町子(まちこ)も、戸惑ってアリスを見た。 「恐山って。あの石を積んだ河原があって、霧に包まれてて、イタコさんがいるところでしょ」 「まったくその通りだにゃ」 アリスはくぐもった声で返事しながら見返している。 バターライスをスプ…

『手間のかかる長旅(051) 日本の聖地を推す友』

アリスは料理をおいしそうに食べている。 適度な速度である。 時子(ときこ)も町子(まちこ)も、彼女の食事に付き合って長々待たされずには済みそうだ。 それぞれ自分のケーキを食べ終えて落ち着いたので、二人はアリスが食事する様を眺めている。 アリス…

『手間のかかる長旅(050) アリスの食欲は揺らぐ』

「お前たちは、瞬間移動を見たのに、よくケーキをぺろぺろ食えるね」 アリスは呆れた声をあげる。 ケーキを食べていた時子(ときこ)と町子(まちこ)は、二人とも同時に吹き出してしまい、とっさに口元を押さえていた。 「ぺろぺろって何よ、ぺろぺろって」…

『手間のかかる長旅(049) 肝心な瞬間は見えない』

カウンターの内側に戻る女性従業員を、時子(ときこ)は上半身をひねり、振り返って見ている。 件の従業員は、まるで瞬間移動するように、近づく気配を気取らせずに注文を取りに来る。 そう薄々思っていたところだった。 「瞬間移動の瞬間を見たの?」 上体…

『手間のかかる長旅(048) 勘に優れる友人の所見』

アリスは目を細めてカウンターの方に視線を送っている。 「怪しいと思ったが幽霊なら仕方ないにゃ」 口元でつぶやいた。 彼女がこの店を嫌ったらどうしよう、と時子(ときこ)は心配になる。 この店を知ってからまだ四日目だが、時子は居心地がいいのだ。 友…

『手間のかかる長旅(047) 寒がりの友人を連れて喫茶店へ』

しょうがを使った手作り弁当を食べたおかげで、体が温かくなってきた。 元気が出る。 時子(ときこ)は気分が良かった。 これから町子(まちこ)ともう一人の友人に会うことになっている。 今日は何にも心配することはない、と気楽にかまえた。 「寒いところ…

『手間のかかる長旅(046) 時子は外のベンチで一人食事する』

翌日の昼、時子(ときこ)は一人でいる。 公園のベンチに座っている。 北風が身に冷たい。 彼女の傍らに町子(まちこ)はいなかった。 町子は後ほど、美々子(みみこ)とは別のグループの友人の一人を連れて合流することになっている。 お昼には間に合わない…

『瞬殺猿姫(1) 猿姫うつけ殺し』

領主が本拠を北方の清洲の城に移してからというもの、那古野の城下は寂れる一方だ。 その那古野の、長屋が並ぶ裏路地である。 小柄な若い女が、まじめくさった顔をして歩いていく。 顔が小さくて額の広い彼女が眉をひそめている様は、どこか思慮深い猿を連想…

『手間のかかる長旅(045) コーヒーのおかわりは気持ちを落ち着ける』

コーヒーをおかわりして、時子(ときこ)は落ち着いた。 町子(まちこ)もコーヒーをおかわりして飲んでいた。 食べ終わったモンブランの皿は、すでに片付けられている。 先ほど店の女性従業員が、二人が座るテーブル席に来たのだ。 彼女は空いた皿を下げな…