連載小説

『手間のかかる長旅(044) 企み後の、良心の呵責』

町子(まちこ)は上目遣いに東優児(ひがしゆうじ)を見ている。 先ほどまでは、悪徳警官ばりの尋問ぶりだったのだ。 物を頼むときだけそういう態度かと内心、時子(ときこ)は町子に憤慨した。 だが時子も町子にそうした目で見られて頼られたときには嫌とは…

『手間のかかる長旅(043) 美々子の弱みを聞き出しにかかる』

美々子(みみこ)の交際相手は、東優児(ひがしゆうじ)だった。 それを優児から聞き出したはいいが、彼は泣き出していて、それ以上の追求は難しい。 美々子の弱みを聞き出す状況ではなさそうだ。 と、時子(ときこ)は思った。 「まさか、東さんが相手だっ…

『手間のかかる長旅(042) 世の中には意外なことが多い』

時子(ときこ)が優児(ゆうじ)の顔に視線を戻すと、彼は時子に目を合わせて困ったような笑みを顔に浮かべている。 恥ずかしくなって、時子は手を優児の手の上からのけた。 深い意味はなかった。 ただ、状況に飲まれたのだ。 優児にうがった見方をされたら…

『手間のかかる長旅(041) 耐える優児と、大胆になる時子』

町子(まちこ)は居住まいを正して、怖い顔になった。 「東さん、率直に言いますね」 向かい側の席の東優児(ひがしゆうじ)を見据えた。 「私、あなたにいろいろ聞かれてもブログに載せてる以上のことを答える気はありません。呼び出しておいて悪いですけど…

『手間のかかる長旅(040) 客人にいらだつ町子を観察する』

いろんな人がいるものだな、と時子(ときこ)は思った。 隣に座る東優児(ひがしゆうじ)を、横目でちらちらと見ている。 彼の同僚である美々子(みみこ)の交友関係を聞きだそうと、町子(まちこ)と二人で喫茶店に呼び出したのだ。 優児は、落ち着いた仕草…

『手間のかかる長旅(039) 美々子の同僚と喫茶店で会う二人』

東優児(ひがしゆうじ)は、背の高い男性だった。 ほっそりとした体格をしている。 顔立ちは整っている。 美男子、と言っていい風貌だ。 ただ異様なのは、彼は美々子(みみこ)とよく似た顔なのだった。 というのも、ファンデーションを地肌に厚く塗っていて…

『手間のかかる長旅(038) 約束を前に仲のいい、時子と町子』

モンブランの栗をフォーク先に突き刺したかと思ったら、素早く口の中に放り込む。 町子(まちこ)は目を閉じて、栗を舌の上で転がしている様子。 美味しそうだ、と時子(ときこ)は思った。 うらやましかった。 だが今日は出費を抑えたいので、時子はホット…

『手間のかかる長旅(037) 人間関係に巧みな町子』

待ち合わせの時間を前にして、時子(ときこ)と町子(まちこ)は例の喫茶店にいる。 美々子(みみこ)の同僚の一人と連絡を取ることに成功し、待ち合わせをしたのだ。 前日前々日と同じく、奥のテーブル席に二人は陣取った。 今日も、きびきびと立ち働く女性…

『手間のかかる長旅(036) スマートフォンで、急な展開』

時子(ときこ)と町子(まちこ)は歩道の隅に立っている。 町子は、スマートフォンの画面を見ながら、タッチパネルの操作をしている。 慣れきったFINEの操作を通して、美々子(みみこ)の同僚とやり取りをしているらしい。 時子は、電柱に寄りかかって町子を…

『手間のかかる長旅(035) 疎遠な人を頼りにする』

美々子(みみこ)の職場、ドラッグストアにいる彼女の同僚を狙う。 美々子の弱みを握るために、時子(ときこ)と町子(まちこ)がたどりついた結論がそれだった。 とは言っても時子は美々子と敵対することには消極的なので、ほとんど町子の主導なのだ。 「私…

『手間のかかる長旅(034) 陰謀の相談をする時子と町子』

「そういう界隈って、彼氏さんのこと?」 歩きながら、時子(ときこ)は町子(まちこ)に尋ねた。 「そうよ」 「美々子さんの彼氏さん界隈を探る?」 「そう」 時子は納得しかねた。 だいたい、美々子(みみこ)に男がいるのかどうかすら定かではない。 「じ…

『手間のかかる長旅(033) 理性的な町子の策謀』

化粧を直す時間がいる、と美々子(みみこ)が言うので、時子(ときこ)と町子(まちこ)は彼女を勤め先まで送っていくことにした。 警察署を後にして、美々子のドラッグストアの店舗前まで来た。 「時子、何かあったら私に連絡するんだよ」 美々子は時子の目…

『手間のかかる長旅(032) 警察署の食堂で食休み』

三人はいまだ、警察署の食堂にいる。 ようやく美々子(みみこ)はカツ丼定食を食べ終わった。 町子(まちこ)も時子(ときこ)も自分たちの食事を終えている。 食堂の壁にかかっている時計を見る限り、美々子の午後からの業務開始時間まで、まだ間がある。 …

『手間のかかる長旅(031) 美々子に執拗に迫る町子』

町子(まちこ)は美々子(みみこ)の顔色をうかがっている。 美々子は美々子で町子の視線を避けていた。 喧嘩と挑発は受けて立つ常の美々子からは考えられない態度だ。 横で見ていて、時子(ときこ)は気を揉んだ。 「美々ちゃん、私思いついた」 町子は美々…

『手間のかかる長旅(030) 強情な美々子の希望』

美々子(みみこ)が強いからと言って、旅行の目的地まで彼女の希望に合わせてしまうのはフェアではない。 ただ時子(ときこ)は今、自分のことで警察署員に食ってかかった美々子の義侠心に感じるところがあった。 「私と時ちゃんで、どうしても決まらないな…

『手間のかかる長旅(029) 警察署の食堂で話を切り出す町子』

時子(ときこ)はようやく自分の弁当にありつくことができた。 ランチジャーに仕込んできた手作りの弁当を、警察署食堂のテーブル上に広げている。 ほうれん草のおひたし。 うずらの煮卵。 市販のソーセージ。 そして、みそ汁である。 食堂で食事をとること…

『手間のかかる長旅(028) 警察署の食堂にて』

美々子(みみこ)はうなだれている。 「ごめんね、時子」 四角いテーブルを囲んで、時子(ときこ)、町子(まちこ)、美々子は簡素なビニール革の椅子に座っている。 警察署の最上階にある食堂に、三人はいる。 食堂内でも隅の、窓際のテーブルを選んで座っ…

『手間のかかる長旅(027) 同情的な警察署員』

話し終えた時子(ときこ)に、目の前の警察署員は驚きの目を向けていた。 「本当ですか」 若干疑いを持った声である。 ただ、それは仕方がないと時子は思う。 自分も土手で会った警官の態度にはいまだに納得できていないのだ。 時子は、おずおずとうなずいた…

『手間のかかる長旅(026) 警察署に乗り込む三人の女』

妙な成り行きである。 三人で東区警察署に来ている。 時子(ときこ)は嫌がったのだが、勇ましい美々子(みみこ)を足止めすることは彼女には出来なかった。 町子(まちこ)も多少は時子のために同調してくれたのだが、焼け石に水だ。 「美々ちゃん、やっぱ…

『手間のかかる長旅(025) 義侠心が強く喧嘩っ早い友人』

時子(ときこ)は体が震えた。 「私、警官に脅されたんだから」 言葉を絞り出した。 「でも、巡回中の警官だったんでしょう?そういう人は普段は派出所にいるんじゃない?警察署じゃなくて」 町子(まちこ)は冷静に受け答える。 「そんなのわからないよ。警…

『手間のかかる長旅(024) 交差点の案内板を見に行く』

町子(まちこ)はスマートフォンの画面を見ながら歩いている。 FINEというサービスを利用しているらしい。 時子(ときこ)は横から町子のスマートフォンの画面を盗み見た。 画面にメッセージがいくつも並んでいる。 「チャットみたいなもの?」 「ちょっと、…

『手間のかかる長旅(023) 公園で食事をとれない二人』

翌日、昼どきに時子(ときこ)と町子(まちこ)は落ち合った。 時子は弁当を用意している。 バッグの中に円筒状のランチジャーを忍ばせてある。 ステンレス製のジャーの中にご飯、おかず、スープの三つの容器が入っている。 おかずにたいしたものはつくって…

『手間のかかる長旅(022) 町子はスマートフォンの達人』

時子(ときこ)は妄想世界の中である。 町子(まちこ)は食事を咀嚼しながら、そんな時子の顔をしげしげと見ている。 「時ちゃん…」 時子は我に返った。 「うん?」 「何を妄想したの?」 表情を読まれたらしかった。 「え、別に何も妄想してないよ」 時子は…

『手間のかかる長旅(021) 脳裏のイタリアンマフィアたち』

友人たちをこの喫茶店に集めて、会合を開きたい。 時子(ときこ)は脳内に自由な妄想を広げている。 喫茶店での定期的な会合。 時子が連想したのは、イタリアのマフィアたちが週末に集まって催す、ランチ会である。 シチリア州はタオルミーナの、青々とした…

『手間のかかる長旅(020) 時子は学校給食を思い出した』

時子(ときこ)はスパゲッティナポリタンを食べ終えた。 町子(まちこ)はまだスマートフォンに夢中だ。 彼女の皿にはスパゲッティがほぼ手付かずで残っている。 「麺冷めるよ」 皿の上のスパゲッティを指差した。 「うん、食べる食べる」 町子の生返事であ…

『手間のかかる長旅(019) 町子は記事更新に余念がない』

時子(ときこ)はスパゲティをフォークの先に絡めてまとめては、ぱくぱくと食べた。 彼女の正面に座る町子(まちこ)は、左手にスマートフォンを持ち、右手の指先で画面を触っている。 時々、画面から目を離さないまま、自動的な動きでフォークを取り上げる…

『手間のかかる長旅(018) 時子と町子は比較的穏やか』

町子(まちこ)と別れた後、時子(ときこ)は寄り道せずまっすぐ自宅に帰りついた。 いろいろなことがあったので、とても疲れている。 土手でたて続けに怖い目に遭った。 お昼ご飯を食べたところまではよかったのに…と時子は思い返していた。 気まぐれに川沿…

『手間のかかる長旅(017) 川のせせらぎのしわざ』

薄目を開いたまま、町子(まちこ)は体を横たえて、時子(ときこ)のしたいようにさせている。 しばらくして時子は町子を揺さぶるのをやめた。 「どうしたの」 町子は、穏やかに声をかけてくる。 「大変だったんだよ」 ようやくこれだけ、絞り出すように時子…

『手間のかかる長旅(016) 時子と警官、暗闘』

時子(ときこ)はじっと相手を見た。 警官は顔色を変えてこちらを見下ろしている。 彼は感情的になったのだ。 今いる場所から動こうとしない時子に、感情を動かされたらしい。 「さっさと上がってくる」 警官の怒声が降り注いだ。 普段の時子であれば、恐れ…

『手間のかかる長旅(015) 土手の斜面でがんばる』

時子(ときこ)がいくら叫び、にらんでも、土手の上から見下ろす警官は動じない。 時子は絶望的な気持ちになった。 「いったい私にどうしろって言うんですか」 低い声で問うた。 警官が舌なめずりした、ように時子からは見えた。 「一緒に来てもらう」 「ど…