年末年始の風物詩。『Mr.Bean』の動画がYouTubeで見られます

年末年始ですね。

皆様、いかがお過ごしですか。

年末年始と言えば、私が中学生ぐらいの頃は、NHKの放送で『Mr.Bean』の番組を見るのが楽しみだったんですよね。

イギリスの公共放送局であるBBC製作のコメディ番組、Mr.Beanです。

映画化もされましたし、ご存知の方も多いですよね。

コメディアンのRowan Atkinsonが演じる不思議なキャラクタ、Mr.Bean

彼がいろいろな無茶をする各短編の作品内に笑わせるポイントが多くて、見てて面白かったですね。

実はこのMr.Beanの番組、YouTubeに公式チャンネルがありまして。

ちょくちょく動画が配信されてるんですよね。

 

www.youtube.com

 

今までの習慣で私、年末年始には、何となく見たくなるんですよね。

久しぶりに動画を見に行ってみたら、季節柄を意識した過去の作品がアップされてました。 

クリスマスで盛り上がるMr.Bean

やって来る彼女をもてなすための準備をしたり、プレゼントを仕込んだりの彼ですが、果たして…。

「他人の気持ちになって考える」というのは、人の世を生きるうえで大事なことです。

でもMr.Beanほど他人の気持ちを省みない生き方というのも、かえっていさぎよく思えてきます。

こういう人がいてもいい!

ただやっぱり、私たちは彼の真似はしないで反面教師にするぐらいが無難なのでしょうね…。

 

続けてこちらも。

自室で、新年のパーティを主催するMr.Beanです。

仕事上の関係者か、はたまた友人なのか、彼のような変人にも訪ねてきてくれる奇特な人たちがいるのですね。

さて、Mr.Beanのおもてなしぶりは喜んでもらえるのでしょうか…。

訪ねてきたお客さんたちがMr.Beanとどういう関係なのか、私は本当に気になります。

 

さらに、続きます。

お正月の恒例、デパートでのバーゲンセールにやってきたMr.Bean

順番待ちの場所取りからお買い物の後の荷物の扱いまで、ずる賢いのだか間が抜けてるのだか。

本当にとらえどころがないですね、この人は。

 

Mr.Beanはあまり言葉を話さないので、彼の動画を見ても「英会話のリスニング」にはあまりならないのですけれど。

かえって英語がわからなくても楽しめるのは、いいですね。

娯楽として申し分ないですし、また、Mr.Beanの活躍(?)を通して、何となくイギリスという国の日常も垣間見えるのです。

年末年始は彼の動画を見てまったりしたいですし、年末年始が過ぎても時々見たいぐらいの、不思議な魅力がありますよね

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『カタコンベ、二人の法事』

茂吉(もきち)は、右手に燭台を掲げて目の前を照らしながら。

暗い地下通路の中を歩いている。

そこには、ひんやりと冷たい空気が充満している。

彼の背中に寄り添うようについて歩く、フェデリカ。

両手を組んで体の前に垂らしているフェデリカ、その手の先には四角いカゴを提げている。

カタコンベでしばらく過ごすために必要なものを、そのカゴに入れてあるのだ。

 

石灰質の洞窟を昔の人たちが手作業で掘ってつくりあげた地下墓地、カタコンベ

その地下通路は細かく枝分かれしながら、どこまでも続いている。

改まったスーツ姿のまま、頭にヘルメットをかぶった茂吉。

彼の背後につくフェデリカも、フォーマルな服装で頭には同じくヘルメットをかぶっている。

地下通路の天井は時折低くなって、大の大人ならば屈まないと通れない箇所もある。

ぶつけて頭を怪我しないように、ヘルメットが必要なのだ。

二人が進む通路の側面には、ところどころに空洞が空いている。

人がかろうじて横たわれるぐらいの、横幅と奥行きを持った空洞である。

それらの空洞の中に、人の遺体が横たわっている。

と言っても、いずれの遺体もすでに白骨化した、ごく古いものばかりだ。

これらが全て、墓だった。

多くは近世から中世にかけてのもの、いくつかはさらに時代を遡る墓である。

カタコンベの通路の壁面を掘って、墓がつくられている。

奥の墓に行くほど古い時代の死者が葬られて、眠っているのだ。

茂吉とフェデリカは、それらの露出した墓に眠る遺体に怯えることなく、さらに通路を進む。

 

しばらく進んだところで背後のフェデリカが、あ、とわずかな声をあげた。

目の前を燭台で照らしたまま、振り返る茂吉。

後ろでフェデリカが、彼らの脇にある墓を指差している。

「ここ。これが、ひいひいおじいさんだよ」

墓の中に横たわる遺体の顔を見つめながら、彼女は言った。

茂吉はうなずいて、そちらに向き直る。

他の墓と同じく、通路脇に掘られた空洞である。

そこに、ひいひいおじいさんは横たわっていた。

白骨化した遺体は、乾燥して朽ちた着物の断片を体に貼り付けている。

その体の脇には、鞘に収まった大小二本の刀が横たえてある。

おお、と茂吉は声をあげた。

こうして他の遺体とは全く異なる装いなのに、自分としたことが、気付かず通り過ぎるところだった。

ひいひいおじいさんは、侍のはしくれだったのだ。

侍は、死んでも刀を放さない。

そんなかつての侍の姿をひいひいおじいさんの遺体に見て、茂吉は感心したのだった。

異国で亡くなった、日本の侍。

茂吉とフェデリカは、改めてご先祖を前にして拝んだ。

遺体の前に古い燭台が備え付けてある。

その燭台の上に新しいロウソクを立てて、茂吉の燭台から火を移した。

墓の中のひいひいおじいさんの姿が照らし出された。

 

近くに、二人が腰掛けるのにちょうどいい大きさの、岩の盛り上がりがある。

茂吉とフェデリカは、そこに二人並んで腰を下ろし、お斎をとることにした。

茂吉は燭台を通路の上に置いた。

二人して、頭にかぶっていたヘルメットも脱いだ。

フェデリカが手にしていたカゴの中に、お弁当が入っている。

フェデリカは二人の間の岩の上にワイングラスを二つ置き、ボトルからワインを注ぐ。

ロウソク明かりに照らされて、グラスに注がれたワインは赤々としている。

そのワイングラスを手にした茂吉に、フェデリカはサンドイッチを手渡した。

パンの間には生ハムとモツァレラチーズ、レタスが挟まっている。

フェデリカが、わざわざ自分でつくってきてくれたらしい。

ワインで喉を潤しつつ、二人でサンドイッチを黙々と食べた。

その間にも、石灰質の空洞に横たわる、ひいひいおじいさんの方を二人は見ている。

「なんだか、俺に似ているよな」

ひいひいおじいさんに目を向けながら、茂吉はぼんやりと口にする。

「私が?」

と、フェデリカは受けた。

茂吉は横にいる彼女の顔を見る。

彼女の顔は、この国の女性らしい顔立ちだ。

瞳の青い大きな目、細い鼻筋、小さな口。

茂吉とは似ても似つかない。

「いや、ひいひいおじいさんのことだよ」

「ああそうか」

フェデリカは小さく笑ってうなずいた。

ひいひいおじいさん。

小柄で頭蓋骨の小さなところが、茂吉の体格に似ている。

「ひいひいおじいさんとなら、私も似ているよね」

フェデリカは言葉を添えた。

「そうかな」

「似ているよ」

ワイングラスを口に運びながら、彼女は主張する。

茂吉は曖昧にうなずいた。

隣のフェデリカとは知り合って間もないが、彼女はおっとりしている割にどこか頑固なところがある。

そのあたり、自分に性格が似ているかもしれない。

そう思うのだ。

もしかしたら、ひいひいおじいさんがそういう性格だったのかもしれない。

自分たちは目の前で眠っている、ひいひいおじいさんの末裔ということで、共通しているから。

血を分けていれば、性格も似る。

ひいひいおじいさん。

侍の時代の人である。

彼は家族を日本に残したまま海を渡りこの地に来て、こちらでも新しい家族をつくった。

当地で生涯を終えた後、カタコンベに葬られたのである。

そして、今日。

その彼の二つの国に枝分かれした子孫である茂吉とフェデリカとが、二人仲良く墓参りに来ているのだ。

ひいひいおじいさんも喜ぶだろう、と茂吉は思った。

「ひいひいおじいさんは小顔でしょう。私も小顔で似ている」

茂吉の感慨に気付かない様子で、フェデリカは続けた。

そう言われてみれば、彼女も小顔だ。

茂吉と彼女とを並べて見比べても、それほど似てはいないだろう。

だがひいひいおじいさんを挟むと、三人共が同じたたずまいに見えなくもないのだ。

 

ひいひいおじいさんを見ながらサンドイッチを頬張っている、そんなフェデリカの横顔を見ながら、茂吉は彼女に親しみを覚えた。

これからも年に一度くらいは、この異国の妹のような娘に会うためだけに。

この国まで法事に来たいな、と茂吉は思うのだった。

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出雲大社、行基の土塔、台湾料理。大阪府堺市の旅

皆様、新年あけましておめでとうございます。

異次元の旅人、金比羅系でございます。

どうぞ今年も、よろしくお願いいたします。

 

さて、この元日。

初詣もかねて、私は大阪府堺市内を観光してきたのですよ。

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南海電鉄の南海高野線初芝駅にやって参りましたよ。

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この初芝駅がこれから向かう、「出雲大社大阪分祠」の最寄り駅なのです。

出雲大社大阪分祀

島根県出雲市にある出雲大社の分祠にあたる神社が、ここ大阪にもあるのです。

私、今までこの大阪分祠にお参りしたことがなくて。

ずっと気になっていたわけなんです。

今年の初詣先として、この機会にお参りしてしまおう!ということになりました。

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初芝駅から出雲大社までの道のりは、初詣の参拝客の方々であふれていました。

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文具販売の大手企業、ナカバヤシの本社工場が沿道にありましたよ。

所在地、出雲大社の近くだったんですね。

ちなみにこのナカバヤシ島根県内にも出雲市を始めとして多くの工場を持っているそうです。

これも出雲大社が取り持つ縁でしょうか…?

 

しばらく歩いて、出雲大社大阪分祠にたどり着きました。

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住宅地内に、突然現れる広い敷地。

出雲大社大阪分祠。

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にぎわっています。

島根の出雲大社を彷彿させる、立派な本殿であります。

今年が私と皆様にとってよい年になりますように、しっかりお祈りしてきましたよ。

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本殿内の通路には、こういう注意書きも。

ポケモンGOブームも、そろそろ落ち着いてきたみたいですけれどね。

 

お参りを済ませて、心が入れ替わったような気持ちです。

大国主命主祭神とする出雲大社は、伊勢神宮を頂点に置く日本神道の他の神社とは、どこか異質な雰囲気を持った神社なのですね。

その流れである大阪分祠にお参りして、私もこの日本に息づく、多様な信仰の形に触れることができたような。

そんな気がしました。

 

お参りを終えて、出雲大社を後にしました。

時刻はちょうどお昼時です。

おなかが空いています。

実は出かける前に私、ネットで出雲大社の近場で食事ができるお店を、あらかじめ調べてきたのですよ。

そうすると、台湾料理のお店を見つけることができましてね。

そこで食事したい、と思いながら出てきたんです。

台湾料理、食べたくて仕方なかったんですよ。

と言うのも出かける直前まで私、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』という映画をテレビで見てましてね。

太川陽介さん、蛭子能収さん、三船美佳さんの御三方が、台湾でローカルバスを乗り継いで。

台湾の最南端にあるガランピ岬を目指す、というドキュメンタリ映画でしてね。

この映画を見ていて、私は「台湾料理が食べたい…」という気持ちになったのでした。

それで出雲大社周辺で台湾料理のお店を探してみたところ、偶然にもあったのですよ。

台湾料理の専門店が、近くに。

それで出雲大社へのお参りを済ませた後、ぜひとも台湾料理を食べる!という気持ちでいっぱいだったのです。

 

そんなわけで、やって参りました。

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台湾料理の専門店、「金陵」さんです。

出雲大社の近所、大野芝町にあります。

住宅地のさなかにある、新しいお店ですね。

元日だし、たぶんお休みかも…と、駄目もとで訪ねてみたのですが。

営業されてました!

運がよかったです。

綺麗な内装のお店でした。

席について、ずっと食べたかった「台湾煮込み豚丼(魯肉飯)」と「ゆで豚肉のニンニクソース(蒜泥白肉)」の二品を注文しました。

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ゆで豚肉のニンニクソース(蒜泥白肉)、350円。

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美味しいソースにつけていただきます。

柔らかいお肉とネギが、ニンニクソースに合うんですね。

お酒が欲しくなる、嬉しい美味しさでした。

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そしてこちらも来ました、魯肉飯(ルーローファン)。

こちらも350円。

台湾料理好きの方には、お馴染みの一品でしょう。

とろとろの煮込み豚肉を乗せた、ご飯料理なのですね。

私、これが食べたくて仕方なかったのです。

運ばれて来た、目の前の魯肉飯。

その香りをかいで私、とても懐かしい気持ちになりました。

というのも、以前に香港を旅した際に街角のそこかしこでかいだのと同じ、独特の香りがしたのです。

あ、香港の香り!と、興奮してしまいました。

魯肉飯のような、豚肉を香辛料で煮込んだ料理は香港でも台湾でも共通なので、煮た香りになるのですね。

嬉しくなって、スプーンを使って豚肉とごはんをほおばりました。

とろとろ豚肉に、タレの味が染み込んだご飯。

私はまだ台湾に旅したことはありませんが、まだ見ぬ台湾を思わせる味わいです。

すっかり満足いたしました。

一品料理の品数も多彩ですし、居心地のいい雰囲気。

機会を見つけて、時々通いたい!

そんなお店であります。

金陵さんでした。

 

食事を終え、金陵さんから出て参りました。

すっかり台湾気分です。

このまま帰ってもいいのですが、この近くに、他にも面白い場所がありましてね。

その場所を見てから帰ろう、と思いました。

少々歩きます。

 

住宅地をさらに歩いて、着きました。

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見えますか?

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「土塔」という史跡なのです。

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瓦を敷いた、ピラミッドのような小山がフェンスの内側に盛り上がっています。

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この土塔。

もともと、奈良時代の僧侶である行基(ぎょうき)という人物がつくった仏塔なのですね。

行基は、堺の偉人の一人と言っていいでしょう。

彼は朝鮮半島百済国から来た渡来人の末裔でした。

畿内を始め日本各地で農業用の池の灌漑など、土木建築の事業に尽力した偉大な人物です。

大阪狭山市の狭山池を始めとして、大阪府内にはこの行基の関わった史跡が多く残っています。

そんな彼の作品のひとつであります、目の前の土塔です。

元の形を失い長らく小山になっていたのを、近年になって当初の姿を復元したのが、この瓦の敷かれた姿なのですね。

見た目、エジプトかメキシコのピラミッドのような。

ある種の威厳があります。

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建造当初の姿を、想像をもとに復元した模型がありました。

瓦が敷き詰められた上に、仏塔が立っています。

渋いですね。

もし本当に土塔がこうした形で、現在までその姿を保っていたとしたら。

世界に例を見ない貴重な建築として、広く名が知れ渡っていたかもしれません。

まさに和製ピラミッド。

素晴らしいですね。

私は行基(敬称として「行基菩薩」とも呼びます)の事跡に尊敬の念を抱いているので、折に触れて、こうした行基の作品を宣伝していきたいと思っています。

読者の皆様にも、出雲大社大阪分祠にお参りされる機会があれば、行基の土塔にも足を伸ばしていただきたいと思います。

台湾料理がお好きなら、金陵さんのこともどうぞお忘れなく!

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『瞬殺猿姫(40) 一子といる竹薮、消耗する猿姫』

竹薮の中で猿姫(さるひめ)は、忍びの女である一子(かずこ)と対峙している。

一子は猿姫の心を迷わせる言葉をかけてきた。

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)たちと同道することが、いかに猿姫のためにならないか。

語りかけて、彼女に忍びになるようにうながしてきたのだ。

猿姫の心は、ぐらついている。

旅の先行きが見えない折でもあった。

そして今は滞在していた神戸城が落ちる寸前で、脱出の最中なのだ。

背後に、三郎たち三人の同行者を残している。

早く脱出路を確保して逃げなければ、という焦りもあった。

「悪い話じゃないと思うんだけれどなあ」

焦る猿姫を前にして、一子は落ち着き払った声で言った。

月明かりの下に長身をさらし、猫のような伸びをする。

得物の棒を握る猿姫の手の平が、じんわりと汗をかいた。

どうするべきか、いい判断が浮かばない。

目の前をふさぐ一子。

背後に控える三郎たち。

今にも落ちそうな神戸城。

自分にとって最適な道を、今選ばなければならない。

猿姫は、唾液を飲み下した。

「貴様の言うことにも一理ある」

口を開いて出てきた言葉が、それだった。

「へえ?」

見返す一子。

猿姫は、口の中で舌を回した。

どう言葉を続けるか、考えているのだ。

「私には忍びが向いているかもしれない」

「あ、一理あるってそっちの話?」

猿姫の言葉を聞いて、一子は嘲笑した。

彼女が何を嘲っているのか、今の猿姫にはわからない。

今は話すことで精一杯だ。

「そうだ。自分でも、忍び働きはできるかもしれないと思うし」

「ふうん」

一子は小首をかしげて、猿姫の言葉を聞いた。

彼女の目は笑っていない。

たとえ猿姫が言葉の先で煙に巻こうとしても、それを許さない視線だった。

猿姫は、緊張する。

「なら、私と一緒に来るのね?」

間髪入れずの、試すような口調である。

猿姫は唇の端を噛んだ。

目の前の忍びの女に、試されている。

鼻から息を吸った。

「貴様についていってもいいが、条件がある」

一息に言い放った。

「条件?」

一子は眉間に皺を寄せて見返した。

「そうだ」

「聞くだけ聞きましょうか」

高慢な言い様だった。

以前までの一子とは、態度が違う。

きっと、猿姫が窮状にあることを把握しての豹変なのだ。

悔しい気持ちを飲み込んで、猿姫は言葉を続けた。

「三郎殿も連れて行ってくれ」

「何それ」

猿姫が訴えるなり、一子は鼻を鳴らした。

「それが条件だ」

「私の話、聞いていなかったの?国を追われた大名の倅なんて、役に立たないって言ったでしょ」

「でも、三郎殿は鉄砲が使えるんだ。彼にだって忍びが勤まるかもしれないだろう」

訴える猿姫を、一子は冷たい目で見据える。

「あなたに、忍びの何がわかるの?」

猿姫は言葉に詰まった。

一子の視線が、肌に刺さる。

焦り、猿姫は言葉を継いだ。

「それが駄目なら、私は貴様にはついていかない」

破れかぶれだった。

今、目の前の一子の機嫌を損ねるような返答が、どんな結果を招くか。

悪い想像はあっても、猿姫には旅を共にする三郎を見捨てる覚悟はできていない。

「このままでは貴方もあの連中と共倒れになるだけなのに。そういう決断で、いいのね?」

猿姫の目を覗き込みながら、一子はなぶるような調子で語りかける。

うかつな返答をためらわせる問いかけだった。

だが、猿姫には選択肢がない。

三郎たちが待っている。

「何度も言わせるんじゃない」

強気を装って、勢いで言い放った。

言葉だけでも強く出れば、少し元気づくことができた。

「これ以上、貴様と話し合っても無駄だ。さっさと失せろ」

棒を構え直して、相手の喉元にいつでも切っ先を突き出す気配を送った。

猿姫の態度を見て、一子はため息をついた。

哀れむ視線を猿姫に送っている。

「がっかりだわ」

「がっかりでも何でもいい。話は終わりだ」

言うが早いか、猿姫は上半身を伸ばし、相手の喉にめがけて棒を突き出した。

我慢の限界だったのだ。

ただ、相手との間に、距離はある。

上半身が伸びるのと同時に、猿姫は地面を蹴って前進していた。

棒の先は、一子の喉を貫くのに充分な伸びしろを保って迫った。

一瞬のうちに迫った一撃。

一子は上体をひねってかわした。

柔らかく、猿姫の動きに劣らない速さである。

棒をかわされて相手のそばに踏み込んだ猿姫は、その勢いで相手に体当たりを食わせた。

相手に近すぎて、また竹藪の中では竹が邪魔になり、それ以上棒を振ることができなかったからだ。

代わりに棒を持った腕を下に落として、肩先から背中にかけての部分を相手の体にぶつける。

手ごたえはあった。

「ぶつかり合いは苦手だわ」

舌打ち混じりに言う一子の声がどこかで聞こえる。

一歩下がりながら頭を上げた猿姫の目の前に、一子の姿はなかった。

気配が、遠くにある。

「貴様、どこに行った」

「ぶつけられて、肩が外れた。お望みどおり、失せることにするわ」

どこかから、通りのいい声が届いた。

それっきりだった。

竹薮の中は、静かになった。

風で揺れる竹と、猿姫自身の荒い息の音だけが聞こえている。

猿姫は、棒を地面に取り落とした。

全身から力が抜けて、棒に続いて地面に落ち、へたりこんだ。

一子との問答で、ここまで消耗するとは予想外だった。

 

直前の言葉のやりとりを思い出し、胸がふさぐ。

だが状況が状況だ。

すぐにでも、三郎たちの待つ祠に戻らなければならない。

それでも猿姫は、すぐさま立ち上がることができないでいた。

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『手間のかかる長旅(099) お寺泊の余地』

時子(ときこ)は座ったまま不安な面持ちで、横に座るアリスを眺めている。

アリスは上の空で、目の前の本尊に視線を向けていた。

彼女は少し前に、この本堂に泊まりたいと漏らした。

時子には寝耳に水の話だ。

面接の帰りに、時子はちょっとした寄り道のつもりでこの寺に来たのである。

だいたい着慣れないリクルートスーツを身に着けているので、さっさと帰って普段着に着替えたいのだ。

着慣れないフォーマルな装いのまま、寺の本堂で一晩過ごすなんて考えられない。

アリスは何を考えているのだろう。

「じゃあ、お坊さんに挨拶して、帰る?」

帰りたい一心で、時子はアリスに声をかけた。

アリスは時子を見た。

「えー、もう帰るの?」

アリスは普段の彼女らしくない、眉をひそめた不満そうな表情を露わにした。

「泊まらないよ?」

時子は念を押す。

アリスは唇をとがらせた。

「駄目だよ、泊まらないよ」

時子は慌てて言葉を強めた。

時子の態度を見て、アリスは肩をすくめる。

「なら、仕方ないにゃ」

「二人で帰るよ?」

「仕方ないにゃ。でもね、もう少しだけ、ここでまったりしたい…」

よっぽど、この本堂の雰囲気が好きなのだろう。

確かに落ち着く場所だけれど、時子にはアリスの気持ちがわからない。

「お寺に泊まるなんて、異常だよ」

つい、時子は本音を口にした。

アリスは時子を見る。

「そうかな。でも、このお寺、もともと泊まれるんだよ」

落ち着いた調子で言った。

時子は首をかしげた。

「見つかったら追い出されるでしょ?こんなところに寝てたら」

「違うよ、ちゃんと泊まれるんだよ。お寺の人に予約を入れてさ。ゲストハウスみたいな」

時子には意外なことを告げられた。

「え、そうなんだ。でも、ここに寝るんでしょ?」

「この本堂じゃなくてさ。他に、泊まれる部屋があるの。和室のいいお部屋」

「へえ」

お寺に泊まるなんて考えたこともなかった時子には、意外だった。

本堂に泊まるのは嫌だけれど、宿泊客向けの施設があるのなら、それはいいかもしれない。

「アリス、そんなことよく知ってるね」

「ここの坊さんに聞いたにゃ。歴史のある寺だから、遠くから泊まりがけで参拝する人たちも結構いるんだって」

「へえ、そうなんだ」

時子は感心して、うなずいた。

この如意輪寺、もしかしたら有名なお寺なのかもしれない。

彼女は今までその存在を知らなかったが。

地元にそんな有名な寺があったとは。

「ここ、有名なお寺なのね」

アリスはうなずいた。

「知る人ぞ知る寺といったところにゃ。そして、私もこの寺を知っている」

そう得意げに答えた。

時子もうなずき返した。

この本堂で一晩過ごすのは、いい気持ちがしない。

でも、ちゃんと宿泊できる施設が他に整っているのなら、泊まってもいいかもしれない。

部屋着も貸してもらえるかもしれない。

夕食に、アリスが言っていた精進料理と言うのも、食べられるかもしれない。

精進料理には、時子も興味がある。

お寺泊も、悪くない気がしてきた。

でも…と、時子は思い返した。

お寺であっても、泊めてもらえば、少なからず宿泊料金がかかるはずだ。

お金を貯めるために工場で働くことにしたのだから、ここで気の迷いからお金を使うわけにはいかない。

我慢しよう、と思った。

友人たち皆で旅するための、資金が欲しい。

アリスと二人で楽しい体験をするのも悪くはないけれど…。

 

そして帰ると決まったら、たとえアリスが一人で泊まると言い張ったとしても、何とか連れて帰りたい。

時子一人で帰るのは、心細いのだ。

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『クリスマスイヴを前に、企む』

無人島での生活。

乗っていた客船が難破して、流れ着いた。

それ以来、この島で助けを待ちながら暮らしている。

それも、もう長い。

数年に渡っている。

いつでも、生活用品など、物に不自由している。

生きていくのがやっとで、季節の移り変わりには無頓着に過ごしてきた。

ただ物がない中でも、できれば日々の楽しみは欲しい。

何年も祝ったことがなかったクリスマスイヴの日が近づくに連れて、今年は祝ってみよう、とミコは思ったのだった。

そんな思いで、ミコは準備を進めてきた。

まずは、ごちそうだ。

海岸に生える豆からつくったチーズもどきと、ワインだけは確保できた。

ワインも海岸に生えるブドウを使って、ミコが秘密裏に醸造していたのだ。

皮ごと発酵させて、赤ワインだ。

豆チーズも赤ワインも、それぞれ台所の甕の中に隠してある。

ささやかな準備である。

 

小屋の入口に行って、片手ですだれをめくる。

ミコは外を眺めた。

高台の岩場に立つ小屋だ。

眼下のごつごつした斜面と、さらに遠くにある海岸が見える。

海岸から、仲間たちがこちらに歩いてくるのが見えた。

三人。

末吉、留子、吉松。

ミコと同世代の、若者たちである。

ミコは彼らが戻ってくる姿を認め、気が急いた。

しばらくは三人を眺めて待つ。

三人は、岩場のふもとにたどり着いた。

頭上の小屋の入口から見下ろしているミコに、三人それぞれが手を振る。

ミコも手を振り返した。

そうしながら、すぐに小屋の中に引っ込んだ。

部屋の中の、ろうそくの明かりを消した。

普段は殺風景な、何もない内装なのだ。

しかし今日は、三人が出かけた直後から、ミコは一生懸命に飾りつけた。

こんな島でも、海岸で手に入る花、貝殻など、飾りつけに使えるものはある。

それらを集めておいて、ふんだんに飾った。

部屋のテーブルの上には、人数分の料理をあつらえる。

いつも食べる蒸し芋に加え、貝と海草のスープを今、台所で温めている。

さらに今日は豆チーズと赤ワインがあって、豪勢だ。

喜んでもらえるだろう、とミコは暗くした部屋の中で微笑んだ。

 

ただいま、と三人は小屋の入口にたどりついた。

それぞれが背中に、採集した諸々を入れた袋を担いでいる。

家事と炊事の得意なミコは日中小屋にいる。

代わって仲間たち三人は、海岸で魚に貝に海草を採り、また山で山菜を集めたりもするのだ。

三人が帰ってきたが、ミコは返事をしない。

小屋の中で、待っている。

「ミコ?」

仲間の留子が彼女に呼びかけながら、入口のすだれを手でよけて、小屋の中に足を踏み入れた。

「あれ、まっくら」

驚きの声。

「なんで、さっきミコはそこに立っていたのに」

続いて駆け込んでくる吉松。

「おいミコ、大丈夫か」

後ろから心配そうに声をかける末吉。

ミコは、三人が小屋の中に足を踏み入れた気配を確認した。

部屋の隅で屈んでいた彼女、手元にある燭台のロウソクに種火で火を灯す。

明かりが彼女の顔を下から照らした。

「ミコ、何してるの?」

留子が気付いて声をあげた。

怪訝な顔で、ミコを見る。

末吉と吉松も、不安そうな顔だ。

「ミコ…」

「メリークリスマス!」

彼らの懸念を振り払おうと、ミコは殊更に声を高めて言った。

燭台を、テーブルの真ん中に置いた。

明かりが部屋の中を薄く照らす。

天井、壁、そこらじゅうに飾り付けられた装飾が浮かび上がった。

「え、何これ」

三人は薄暗い部屋の中を見回している。

不安そうだった。

「どうしてこんなに暗くするの…?」

留子は心細い声をあげて、ミコを見る。

「だって、今日はクリスマスイヴの日だよ」

ミコは胸を張って答えた。

「サンタさんがプレゼントを持って来てくれる晩だよ」

「何それ…」

三人とも、腑に落ちない顔でいる。

ミコは、拍子抜けした。

この三人、クリスマスを知らないのだ。

無人島に来る前に、クリスマスイヴを祝ったことがないのだろうか。

「サンタさんは神様だよ。願い事をかなえてくれるの」

「へええ」

不確かな声をあげて応じながら、三人はやはり不安そうなのだ。

仕方ない。

「クリスマスイヴのごちそうをつくってあるから、ご飯にしましょう」

背中の袋を下ろした三人を、テーブルの周りの腰掛けに座らせた。

ロウソクの明かりで、ごちそうを食べる。

とてもクリスマス的だ。

ミコが台所からスープの入った器を運んで給仕する間、三人はテーブルで居心地悪そうにしている。

「ね、ミコ、ランプを灯しましょうよ」

頼りない声で、留子は頼んだ。

天井から、拾い物のランプが下がっている。

ランプを灯せば、もっと明るくなる。

「駄目。そんなことしたら、雰囲気が出ないでしょう」

「でも暗いと、ごはんが食べにくいんだけどなあ…」

吉松は小さな声で言った。

ミコは、聞こえない振りをする。

 

豆チーズ、赤ワインはそれなりに三人から好評を受けた。

ただ彼らにはクリスマスの意味が、うまく伝わっていないようだ。

ありがたい日なのに、とミコはもどかしい。

でも口で説明するよりは、明日の朝まで待つ方がいい。

ミコは、三人にそれぞれプレゼントを用意していた。

彼女手作りの、ささかやな品々ではある。

でも気持ちがこもっているのだ。

あれらを寝台にかけた自分たちの靴下の中に見つけたら、三人にもクリスマスの意味がわかるだろう。

そう信じて、ミコは食器を片付ける。

明日も朝早くから出かける三人を床につかせた。

彼らが寝静まったら、それぞれの靴下の中にプレゼントを入れてあげる。

食器を片付け終えて、寝室に入るミコ。

部屋の明かりを落とした後、三人全員が寝息をたて始めたのを見計らい、自分の寝台の下に隠しておいたプレゼントを、三人の靴下に仕込んだ。

朝になったら、喜んでもらえるはず。

いつものように遠くに聞こえる波の音を聞きながら、ミコは朝を心待ちにして眠りについた。

 

「ミコちゃん、ミコちゃん」

体を揺さぶられて、ミコは薄目を開けた。

寝台の脇に留子が立って、ミコの上に上半身を傾けている。

窓から、寝室に朝の光が差し込んでいる。

朝だ。

「留子」

応じて身を起こしながら、プレゼントのことが気になる。

三人は気付いただろうか。

「どうしたの?」

なんだか、留子の顔は赤かった。

興奮しているような表情だ。

「ミコちゃん、起きたばかりで悪いけれど、あなたに伝えることがあるの」

声をはずませている。

「え、何?」

「私たちからのプレゼント」

笑顔で伝える留子。

ミコは、目を大きく見開いた。

 

空を飛ぶのは初めてだ、とミコは思った。

輸送用ヘリコプターの内部。

対面式の座席に、ミコは留子たち三人と向かい合って座っている。

頭上で、ヘリの天井ごしに、プロペラが回る音と振動が伝わってくる。

ヘリの窓からは、眼下に広がる果てしない青い海原が見えた。

今朝、ミコたちがいた無人島に、救助隊がやってきたのだ。

数年にわたる、四人だけでの無人島生活。

そこに、この思いもかけないプレゼントだった。

「でも本当は、しばらく前からわかってたの」

ミコの隣に座る留子が、そっと告げた。

「どういうこと?」

「数日前、俺たちが海岸にいるときに、漁船が来たんだ。でもとても小さい船だったから、四人は乗れないと思った」

吉松が継いで答えた。

ミコには、初耳だった。

「その漁船の船長さんに、四人一度に助けてもらえるような救助隊を後日に呼んでもらうように、頼んでおいたんだ」

そうだったのか、とミコは思った。

「でも、その船のこと、どうして私にだけ知らせてくれなかったの?」

「しばらく内緒にしておいて、君へのクリスマスプレゼントにしたかったんだよ」

末吉が落ち着いた声で答えた。

ミコは驚いた。

クリスマスのこと、彼らは知っていたのだ。

「まさかちょうどクリスマスの朝に助けに来てもらえるとは、僕らも思ってなかったけどね」

末吉は微笑んだ。

そうだったのだ。

ミコはしばらく前からクリスマスの企みをして、ごちそうからプレゼントの準備までして、心をいっぱいにしていた。

でも末吉たち三人は三人で、助けが来ることをミコに内緒にしていたのだ。

彼女を驚かせるために。

彼らも、企みで心をいっぱいにしていたの違いない。

してやられた、とミコは思った。

 

三人は、ミコが贈ったプレゼントを身に着けている。

貝柄製のペンダント、葦の横笛、ヒスイを磨いてつくったナイフ。

ミコの手作りのプレゼントを、彼らはちゃんと見つけて持ってきたのだ。

生まれ故郷に帰っても、この品々を見る度に、彼らは無人島での生活を懐かしく思い出すだろう。

ミコはミコで、昨晩食べた豆チーズと赤ワインの余りを瓶に入れて、持ってきた。

我ながら、美味しくできたのだ。

美味しいものを自分でつくることのできる才能も、神様からのプレゼントかもしれない。

ミコはしみじみ思った。

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『瞬殺猿姫(39) 猿姫を迷わせる一子の言葉』

棒の切っ先を、いつでも相手の喉元に突き立てられるように。

猿姫(さるひめ)は、棒を構えて腰に引きつけている。

目の前に立つのは、忍びの女、一子(かずこ)。

月明かりの下に、素顔を晒している。

「貴様と取引することなどない」

答えながら、ひと息に突き殺してしまえ、という声を聞く。

心のどこかで、怒り狂った自分が言っている。

一方で冷静な自分が、まずは一子の言葉を聞くようにうながしてもいる。

背後の祠の中に、織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)たち、三人がいる。

彼らに外の様子を見てくると言って、猿姫は出てきたのだ。

そこで一子と出くわした。

待ち伏せされていたとしか思えない。

自分たちの動きは、この女に読まれていた。

ここでこいつを殺すと後に不安が残る。

そういう声が、自分の中でする。

「話だけでも聞いてくれない?」

猿姫の表情を冷静に見ながら、一子は落ち着いた声だった。

殺されるかもしれない、とは思ってすらいないようだ。

猿姫は黙したまま、相手の言葉を待った。

「あのね、あなた、私と一緒に来る気、ない?」

一子は猿姫の目を見て言った。

「何?」

猿姫は、口を開ける。

「なんだそれは」

「私について来ないか、と言ってるの」

猿姫は相手の顔を見つめた。

意味がわからなかったのだ。

「どういう意味だ」

「だから…」

一子は、じれったそうだ。

「あなただって、無能な男たちの面倒、いつまでも見ていられないでしょう?これから私と一緒に、忍びをやらない?」

猿姫の目を覗き込みながら、言う。

「無能な男たち…」

「国を追われた織田の倅に、役立たずの神戸の当主。それと、あの髭」

一子は、三郎と神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)たちのことを言っているのだ。

それと髭面の武将、蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)。

無能な男たち。

「あの連中と一緒にいたら、死ぬまでこき使われるよ、あなた」

目の前に立って、語り聞かせる一子である。

猿姫は、言葉に詰まった。

「ほら、思い当たるところがあるんでしょう?」

「そんなことはない…」

かろうじて言葉にした。

三郎と阿波守とを連れて、行くあての定かでない旅をしてはいた。

そしてその間、猿姫は確かに、旅に不慣れな三郎の世話をいろいろと焼いている。

でも三郎は大名の子息で、身の回りのことに不自由だから仕方がないのだ。

「あなたはあの子の家臣でもないのに、そんな立場に甘んじていて、いいの?」

一子の言葉が、耳に入る。

その通り、猿姫は三郎の家臣ではない。

武芸の師匠、という名目で同行している。

その実は彼の身の回りの世話をして、家臣であり下女でもあるような、あやふやな存在になっている。

「そんな半端な立場でいいの?」

猿姫の迷いに付け込むような頃合いで、一子は口を挟むのだ。

「織田の倅に、将来なんかないよ。頭のいいあなたになら、わかるはずでしょう。あの子はあのまま誰にも相手にされず、運がよくてもどこかの土豪の客将くんだりになって、一生を終えるでしょうよ」

猿姫は息を飲んだ。

一子の、あまりに辛辣な言葉であった。

だが猿姫自身が今までに、そういう悲観を持たないでもなかったのだ。

三郎は、畿内の大大名で天下人とも目される三好長慶(みよしながよし)筆頭の三好家と接触して、彼らに取り入ることを当面の目標にしている。

しかしその目標が達成できなければ、三郎にも彼に同行する猿姫にも、それ以外の行くあてはなかった。

二人の故郷である尾張国は、彼らが敵対する織田弾正忠信勝(おだだんじょうのじょうのぶかつ)が支配している。

戻ることは出来ない。

「三好家のところに、いったいどれだけの武士が集まっているか、知っているの?」

猿姫の心を見透かすように、一子は続けた。

「三好家に仕えるか、彼らに取り入ることができれば、自分の国での争いに有利になると見込んでね。日本中の土豪だの浪人だの、半端な連中が大勢訪ねて来てるのよ。あなたたちなんか、三好家の相手にされるわけがないでしょう」

一子は辛辣な、長いせりふを言って聞かせた。

事情に詳しい人間の持つ重みがその言葉にはあった。

猿姫は、内心たじろいだ。

目の前の女は、自分や三郎よりも、三好家の内情に詳しい。

「でも…」

何か言い返そうと思って口を開いた。

しかし何も、猿姫の頭には浮かばない。

息を吸い込んだ。

かろうじて、言葉が口に上った。

「三郎殿は南蛮の武具が使えるし、私は棒術の達人だ」

それぞれ、才能があるのだ。

三好家ほどの武家になら、自分たちの才能の使いどころもあるだろう。

一子は、猿姫を冷たく見返した。

「あなたの棒はともかくね。南蛮渡来の云々は、三好家ではあふれ返っているの。今、この日の本で誰が一番南蛮に通じていると思うの?」

「誰なんだ…」

「あなただって、わかっているくせに。当の、三好家でしょう?」

堺の港と瀬戸内海の各港に影響力を及ぼし、南蛮貿易の推進に一役買っている三好家。

「南蛮の鉄砲だって、連中はもう揃えているんだから。今さら三郎殿なんかが行っても、ありがたがらないのよ」

相手の言葉を聞いて、猿姫は心細い気持ちになった。

三郎は三好家を頼りに旅をしてきた。

彼がその頼りの三好家に売り込めるものと言えば、織田家の嫡男であるという生まれと、南蛮渡来の鉄砲の腕前だけなのだ。

もしその鉄砲の腕前が評価されないのだとしたら、これは心細い。

「だからあの子たち、無能だと言うのよ」

一子は、畳み掛けるように言った。

「そういう言い方はやめてくれないか…」

「かばうことはないじゃない。私、あなたのことは認めているんだから」

猿姫の目を覗き込んでくる。

「あなたの棒術と身のこなしの方になら、お金を払う武家はどこにでもいるでしょうよ」

ぐらついた猿姫の心に付け込むように、目の前の女は続けるのだ。

「単なる武芸者、だと買い手はつきにくいかもしれないけれど。私が、忍びのいろはを教え込んであげましょう。そうしたら、あなたも引く手あまたになるよ」

今度は声を抑え、甘い響きを交えていた。

人に付け込むのが旨い。

三郎との旅の先に自分を待つ将来、それを猿姫としても思い描けないでいた。

そこに、彼女の心をぐらつかせるような事実を一子はぶつけてきた。

猿姫の心には、迷いが生まれている。

「今のままではね。あの根無し草の男たちの面倒を見させられて、一生が終わるかもよ」

一子は、猿姫の顔色を見ながらさらに言葉を添える。

猿姫は、唇を噛んだ。

彼女は背後の祠の中に、その三人の男たちを残してきている。

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